2010年08月09日

長島有里枝「SWISS+」

我々は自分が見ている世界を「そのままのかたち」では、他者に伝達することができない。たとえば言葉を紡ぐことで、たとえば絵を描くことで、たとえば数値に表すことで、我々は「自分が見ているもの」を相手に伝えることはできる。しかしそれはもちろん自分が見ている世界「そのもの」ではない。自分が感じている痛みをその痛みどおりに他人に伝えることが不可能であるように、人は自分が見ている世界を「不完全なかたち」でしか他者に伝達することができないのだ。

では写真はどうだろう。写真ならば自分が見ている世界をそのままのかたちで他人に伝えることができるのではないか?
もちろんそんなことはない。写真と「自分が見ている世界」は全然違う。
ではどこが違うのか?
たとえば「記憶」というものがある。記憶は経験のアーカイブであるのと同時に、時間軸を無視した感覚の錯誤でもある。たとえば我々は目の前にある何かを見ながら、それとはまったく別の何かを脳裏に描いたりする。一輪の花を前にして、その花を好きだった誰かの面影をそこに重ねて見るかもしれない。そのとき脳裏に描かれている「映像」は、どのようなものなのだろうか? それは目の前の花の映像なのか? それとも想起された人物の姿なのか? それともその二つの画像が重なり合って映っているのだろうか? 
ひとつ確かなのは、写真は決してそれを写すことができないということだ。カメラがフィルムに定着できるのは、目の前にある花の姿だけである。でも自分が「実際に見ているもの」は、「それ」ではないのだ。


我々がどのように世界を「見ている」かを説明するために、あるポピュラーソングの歌詞を例として挙げよう。それはCoccoの「Raining」だ。
「Raining」は12年ほど前にヒットしたCoccoの初期代表曲だが、その歌詞は今聞いても依然鮮烈な印象を保っている。
そこで描かれるのは、思春期に世界の残酷さと不条理に直面し、その感情をうまくコントロールできない一人の少女の姿である。歌詞の中では具体的には語られていないが、おそらく彼女は親しい人間の死といった感情をうまく制御できないほどの圧倒的な悲しみのなかにいる。髪を切り落とし、さらには肉体を傷付け血まみれになって踊るといったエキセントリックな描写に打ちのめされるが、少女の混乱した感情とはまったく無関係に、世界はきれいに晴れわたり、平和で、すべてが美しく輝いているという描写が、少女の抱いている悲しみと混乱をより深く表している。

しかしこの歌詞のもっとも注目すべき点は、そこではない。タイトルの「Raining」に示されているように、この歌はとても晴れてすべてが美しく光り輝いていたその思春期のある日の情景を歌ったものではなく、その過去の日をそれから何年かのちのある雨の日に、少し大人になった彼女が「思い出している」様子を歌った曲なのである。
それは歌詞の中では「今日みたく雨ならきっと泣けてた」という一行によって言い表されているが、この一行があることによって、この歌のなかで表現されている時間が入れ子状になっていることが判明する。
つまり直接歌われているのは「現在」の時間にいる彼女で、彼女が雨を見ながら過去のある一日を思い出しているのである。「現在」は雨降りの日だが、彼女が思い出しているその過去の一日はとても晴れてすべてが美しく光り輝いている日である。このイメージの対比が実に巧みだ。悲しみの入り込む余地のないような晴れ渡った過去のその日の天気は、泣くことさえ思いつかぬほど混乱した少女の感情と、彼女が直面している世界の残酷さや不条理さを象徴している。対して「現在」の雨降りの天気は、あのとき雨が降っていたら泣くことによって感情を多少は浄化できたかもしれないと客観的に判断できるほどには、彼女の悲しみが時間とともに癒されていることを表している。

これは非常に映像的な歌詞である。ではこの歌を実際に映像で表現した場合、どのようなものになるだろうか?
すぐに思い付くのは晴れた日の大地の上で血まみれになって踊っている白い服の少女と、雨の日の薄暗い室内で佇む少し大人になった彼女を交互に映したような映像だろう。でもおそらくそれは間違っている。ここで表現されているのは、そんな凡庸なイメージではない。
この歌において真に対比されるべきは、二つの時間のなかの彼女たちの姿ではなく、それぞれの時間のなかの彼女の「視覚」である。つまり圧倒的な悲しみと混乱の真中にいる少女が見ている不条理なまでに美しく晴れ渡ったその景色と、少し大人になった彼女が見ている雨の景色。その二つの「知覚された光景」の対比こそが、真に描かれるべきものなのだ。
しかし本当はそれでも充分ではない。なぜならばこの歌の主人公の目に映っている「映像」は、実は現在の時間のなかにおける雨の日の情景(Raining)だけだからである。つまり彼女は目に映る目の前の景色のなかに、記憶の中の美しく晴れた悲しみの日やその日から現在までの「距離」をも見ている。そこではただ一つの「映像」のなかに、複数の時間が入れ子状になって存在している。
そして、おそらく我々は「そのようにして」世界を見ているのだ。

Coccoの「Raining」は「人がどのように世界を見ているか」を、言葉(と声と音楽)によって見事に表現している。これと同じ内容を写真やビデオといった映像メディアで表現しても、ここまでの表現力は得られないだろう。現在の時間のなかにいる彼女の見つめている雨の日の情景を写真に写しても、追憶のなかの美しく晴れた日の景色をビデオに収めても、あるいはその二つをコラージュやカットバックなどの手法で編集しても、この歌の表現している「映像」には、遥か遠く及ばない。実際、この曲のPVは、歌詞の内容とまったく関係のない凡庸な内容のものになっている。
「Raining」の歌詞の表現力の高さは、我々が「実際に見ている世界」と「写真」との落差の大きさをも象徴しているのだ。


しかし先日、この歌のなかの主人公が見ている「映像」を垣間見せてくれるような写真展に出会った。それはSCAI THE BATHHOUSEで開催されていた長島有里枝の個展「SWISS+」だ。
この展覧会は長島の最新写真集『SWISS』から抜粋された作品によって構成され、さらに昨年刊行された長島のエッセイ集『背中の記憶』に収められている短編とも関連しているらしいのだが、自分はどちらも未見のため、その二冊との関連についてはわからなかった。しかし独立した一つの展覧会として見ても、これは非常に印象深い展示だったのだ。

銭湯を改装したギャラリーの奥にある急な階段を登った先の、おそらく普段は展覧会には使用していないと思しき仮設展示風の小さな部屋で行われていた展示は、会場全体があたかもひとつのインスタレーション作品であるかのように、繊細に作り込まれていた。
写真はすべて印画紙のまま直接壁に貼られ、額装はされていない。展示の主となるのは長島が2007年にスイスで開催されたレジデンシープログラムに参加した際に撮影したカラー写真だが、そこには特に強く「スイス」を象徴するものが写っているわけではない。それは花だったり、頁を開いた本だったり、床や壁に付いた浸みだったり、すべてが日常のありふれた光景だ。どれも静謐な印象の美しい写真だが、それ自体にはとくに変わったところはない。
しかしそれとは種類の異なる写真も何枚か混ざって展示されている。それは壁に直貼りされた写真の「展示されている様子」を撮影した写真で、そのうちの何枚かはこの会場自体を撮影したものである。
この「展示された写真を撮影した写真」は、スイスで撮影された写真とは、あきらかに写真のトーンが異なっている。スイスで撮影された写真が色彩の印象の強い艶やかなカラー写真なのに対して、「展示された写真を撮影した写真」はどこかモノトーンチックで色彩が薄い。どちらも同じCプリントなのだが、後者は言ってみればインクジェットでプリントされたデジタル画像のような「弱さ」がある。その「強弱」の差は、メインとなるべきスイスで撮影された写真の「強さ」をより強調しているように思われる。
さらに写真以外にも、真四角に切った銀色の紙が、作品と同じような体裁で何枚か壁に貼られている。それは少しエンボスがかった薄い銀紙で、その前に立つとぼやけた像が鏡のようにその上に映り込む。その銀色の紙は、展示してある写真と同じ間隔で写真に混ざって壁に貼られているので写真の擬装のようにも見えるが、同時に会場の奥に一つだけある小さな正方形の小窓とちょうど同じ大きさをしていることから、外の世界に向けて開かれたその窓とも呼応していることがわかる。
この展示会場自体を写した写真の一つに、この銀色の紙が写っている写真がある。その写真には観客も写っていて、彼女の顔は銀色の紙の上にぼやけた形で写り込んでいる。この写真を見たときに掻き立てられる違和感は、自分がいま立ってるこの場所を鏡のように映しているこの写真に、当然写っているべき自分ではなく他の見知らぬ人物が写っていることに因るのだろう。もちろんそれは鏡ではなく写真なので自分が写っているはずはないのだけれど、銀紙の仕掛けが効果的に働いて、その違和感は否が応にも増幅される。
この仕掛けは、実に巧みだ。それは「鏡のように見える写真」が、実は鏡でも何でもなく写真であることを、見る者に強く認識させるからだ。
鏡と写真の決定的な差は、そこに映しだされた「時間」の違いである。鏡が常に「現在」しか映さないのに対して、写真に定着されるのは常に「過去の時間」だけだ。我々は印画紙にプリントされた写真を見るとき、現在の時間に存在するその写真自体と、写真のなかに写し込まれた過去の時間を同時に見ていることになる。鏡のような銀色の紙と、展示会場自体を写した写真による仕掛けは、「写真を見る」という行為の持つ重層的な時間軸を、見る者に自覚させる。

おそらく今回の展示で長島が目指したものは、会場の空間全体を「写真的な空間」へと変貌させることだったのではないだろうか。鏡のような(そして写真のようでもあり、窓のようでもある)銀色の紙と「展示された写真を撮影した写真」のほかにも、たとえば写真と見紛うかのような映像作品が、壁に埋め込まれた液晶モニターで上映されていたりもする(そこでは窓から見たほとんど動きのない静止画のような風景が映し出されている)。
鏡、窓といった写真と類似した要素と絡めることで、結果的に写真の持つ時間の重層性や場所の多重性は、空間のなかで増幅したかたちで強調される。

そして、それらの仕掛けは、すべて今回の主作品であるスイスで撮影された写真たちを見せるために為されているのではないだろうか。
「写真的な空間」に変貌された会場内において、それらはもはやただの「花の写真」や「床の写真」でない。
会場に満たされた様々な仕掛けは「写真」というメディアの持つ視覚の異質性を露わにし、知らず知らずのうちに見る者の目に「見る」ことへの自覚を促している。型通りに見れば、それは「花」や「床」であり、あるいは「壁に貼られたプリント」であるが、しかし覚醒された目は、写真家が「見ているもの」が「それ」ではないことを既に感じ取っている。
異国の地でそれらのモノたちを見つめながら、それに重ねて彼女はきっとそことはどこか別の場所、別の時間を「見ている」。その「視線」を、写真を通して感じ取る。あたかも写真家の視覚が乗り移ったかのように、いつしか自分も同じ視線でその光景を「見ている」。
そしてそのとき、決して伝わるはずのなかった「自分以外の人間が見ている世界」が「伝わっている」ことに気付く。
その瞬間、「世界」は大きく反転している。


人間は自分が見ている世界を「そのまま」のかたちでは他者に伝達することができない。
我々はその事実を普段気に留めはしないし、そのことで日常生活を送るのになにか支障があるわけでもない。
しかしその伝達の不可能性こそが、ある種の「表現」の初発の動機にもなっているのだ。
それは自分が生きている「この世界」を成立させている「謎」への探求であり、自分自身の存在を確認するための実験でもあるだろう。
そして、決して伝わることのないはずだった「それ」が、確かに「伝わった」と感じられるとき、我々は同じ世界に生きる他者の存在を、あるいは自分の生きる「この世界」の確かさを、ほんとうの意味で確信できるのではないだろうか?



長島有里枝「SWISS+」
SCAI THE BATHHOUSE(2010年7月2日〜8月4日)
http://www.scaithebathhouse.com/ja/exhibition/data/100702yurie_nagashima/

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2010年07月07日

古屋誠一 メモワール.

「メモワール」は1985年に高層住宅から投身自殺したオーストリア人の妻クリスティーネを撮影した写真家古屋誠一の代表作である。このシリーズを自分はいままでに何回見ているだろう? 実際に数え上げればそれは十指に遥か満たない僅かな回数なのだろうが、それでも「見ている」ではなく「見せられている」と思わず言い換えたくなってしまうような執拗な反復感をそこには感じてしまう。それは単に同じ作品を何度も見せられることによる飽きというよりは、むしろ苦行のように自らの不幸な過去に拘泥し続ける写真家に対する戸惑いなのかもしれない。
確かにはじめてこれらの写真を見たときは、そこに写されている美しい西洋人の女性がその後投身自殺をしたという衝撃的な事実と、彼女が心を病んでいく過程を撮影したその写真を「妻に自殺された夫」である写真家自身が自らの作品として公に発表しているという「残酷さ」に、強く心を揺さぶられた。
しかし最初の衝撃が去って以降二度目からは、写真家があたかも自傷行為のように延々と自分自身の「辛い過去」を発表し続けることに対する違和感と、鑑賞者としてそれらの写真にどのように向き合えばいいのか見定められない困惑が、次第に写真の内容を凌駕するようになっていった。写真家とその妻の「個人的な不幸」を繰り返し見せられれば見せられるほど、それは「他人事」として遠ざかっていく。この作品をめぐっては、いつもそのことを感じ続けてきた。

しかし今回、東京都写真美術館でこのシリーズの集大成となる展覧会を見て、なにかいつもとは少し違った感触を得ることができた。これはあとから知ったことだが、古屋はいままでずっとこの作品を発表する際の展示構成は全て自分の手で行ってきたのだが、今回は初めて第三者である学芸員にその任を委ねたのだという。そのためなのだろうか、今まで感じていた他人の記憶を無理やり押し付けられるような違和感は後退し、素直に写真自体を楽しめるような構成になっている。いい意味でも悪い意味でも灰汁が抜けた「普通の展示」に近くなっているのだ。
過去にはクリスティーネの病が進行して自殺に到るまでの期間の裏事情を詳細に説明したテキストを付したヘヴィーな展示もあったが、今回は殊更写真の背景にある物語については展示のなかでは強調されてはいない。写真の並べ方も時系列に沿って見せるような形ではないので、写真家が写真を撮ることが(そしてその写真を見つめる観客の視線が)妻の病を進行させ自殺へと追い詰めていっているような「あの感じ」はなくなっている。時間がシャッフルされることによって、心の闇も、罪も、後悔も、謎も、皆すべて藻屑と化しているかのような、そんな浄罪感すら漂っているような気もする。

これもあとから知ったのだが、今回の展覧会タイトル「メモワール.」の末尾に「.(ピリオド)」が付いているのは、古屋が1989年以来二十年以上続けてきたこのシリーズの発表を、今回の展覧会で締めくくろうという思いからなのだという。
古屋はそのことについてインタビューで「彼女の死後、無秩序な記憶と記録が交差するさまざまな時間と空間を行きつ戻りつしながら探し求めていたはずの何かが、今見つかったからというのではなく、おぼろげながらも所詮なにも見つかりはしないのだという答えが見つかったのではないか」とコメントしている。
おそらくその「所詮なにも見つかりはしないのだという答えが見つかった」という言葉が、今回の展示をもっとも象徴しているのだろう。過去の展示における心の傷の瘡蓋を剥がし続けるような自虐的な感覚が薄れ、傷跡そのものを自分自身として認め得たような、そんな達観さえもそこには感じられる。
そしておそらくそのことによって、ようやくこの「メモワール」という「他人の物語」に、第三者である自分がコミットできる糸口が見えてきたのだと思う。

しかし、妻の死から二十五年間、これらの写真を発表し始めてからも二十年超、古屋が探し求めていたはずの「何か」とはいったいなんなのだろう?

今これらの写真を前にして、「わからないこと」はたくさんある。
たとえばなぜクリスティーネが心を病み、なぜ自ら死を選ぶに到ったのか、そのほんとうの理由は彼女の写真を見てもわかりはしない。
写真に写っているクリスティーネは、「写真に写っているクリスティーネ」であり、それ以上でも以下でもない。「写真に写っていないクリスティーネ」のことは、我々は永遠に知り得ない。
そしてそれはきっと夫としてクリスティーネを身近で見守っていた古屋にとっても、同じことなのではないのだろうか? 同じ時間をともに過ごしても、何枚写真を撮っても、記憶や記録をどんなに集めても、一人の人間の内を「ほんとうに」知り得るなんてことはあり得ないのだ。クリスティーネが抱えていた心の謎は、誰にも知り得ぬまま彼女の死とともに永遠にその答えを喪ったのだろう。
そしてその謎の深さと答えの喪失は、写真(記憶)が残されていることによって、より際立つのではないだろうか。

クリスティーネの死以上に、第三者である我々鑑賞者にとって「わからないこと」は、なぜ古屋がこれらの写真を撮り続けたのか?ということだ
先にも触れたがこのシリーズを時系列順に見ていくと、まるで写真家がその妻の写真を撮ることが、彼女の生命のエキスを吸い取っているかのような錯覚を、次第に衰えていくクリスティーネの姿から感じ取ってしまう。古屋はなぜこれらの写真を撮り続けたのか?
おそらくその答えは「自分は写真家だから」ということなのだろう。これらの写真はきわめてプライベートな写真ではあるが、しかし通常の「家族写真」とは明らかに種類の異なるものだ。古屋は家族の記憶や記録を残しておく為にシャッターを切っているというよりは、ただ「自身が写真家だから」という理由だけで、目の前にいる被写体に対してカメラを向けているように感じる。
今回初めて気付いたのだが、クリスティーネを撮影した古屋の写真は、荒木経惟の『センチメンタルな旅』をどこか彷彿させる。妻・陽子の死までを追った『冬の旅』ではなく、陽子との新婚旅行を撮影したデビュー作『センチメンタルな旅』を想い起こしたのは、おそらく撮影主と被写体の関係の「歪さ」が似通っている為だろう。そのどちらの作品においても撮影者は「ただ自分が写真家だから」という理由で目の前にいる身近な人間を撮影しているように見える。しかしそのときの撮られる側(陽子、クリスティーネ)の気持ちとはどんなものなのだろう? 撮影しているのが「夫」であるならば自分は「妻」としてその「家族写真」に収まればいい。しかしおそらく撮影しているのは「夫」ではなく「写真家」なのである。プロの「写真家」である彼女らの夫たちが写真を撮ることは、とくにその理由をあらためて自問する必要もない自明な事柄なのだろうが、はたして写真家の妻である彼女たちがそのモデルとして撮影されることは同じく「自明な事柄」なのだろうか? プロのモデルではない彼女たちは、どのような立ち居地をもってレンズと向き合うべきなのか?
実際に撮影されている当人たちにそのような戸惑いがあったかどうかはわからないが、少なくとも鑑賞者である我々はそのような「分裂した立ち居地」を印画紙のなかの写真家の妻たちの姿に感じてしまう。カメラを仲立ちした「歪な関係」を、どうしてもそこに見てしまうのだ。
荒木は妻の死の刻までも写真家として克明に撮影し続けるという「写真家」としての態度を貫くことによって、「被写体」としての妻の分裂した立ち居地に一つの回答を与えたのかもしれない。では古屋の場合はどうなのだろうか? クリスティーネの自殺によってある意味その分裂した立ち居地を投げ返されるような形となった古屋にとって、残された写真や妻の記憶と延々と向き合っていくことが、「なぜ自分は彼女の写真を撮り続けたのか?」という問いに対する果てのない探求の旅だったのだろうか?

そしておそらく古屋にとってもっとも解からは遠い「わからないもの」は、クリスティーネの存在自体なのではないだろうか? これは想像であるが、この写真家にとってクリスティーネをめぐる問いは、これらの写真と向き合うことによって次第に「なぜ彼女は自殺したのか?」から「彼女はなにものだったのか?」へと変化していったのではないだろうか?
「メモワール」シリーズのなかにはクリスティーネの死後に撮影された写真もあるし、クリスティーネの写っていない写真もたくさんある。しかしそれがたとえ風景写真であっても、静物写真であっても、見る者はそこにクリスティーネの姿を感じ取ってしまう。写真にはすべて撮影年と撮影場所がタイトルとされているのだが、見る者はそれを「古屋とクリスティーネの物語」の年譜と対応させ、その写真の「意味するシチュエーション」を脳裏で完成させる。つまり風景が写っているだけの写真を見ても、これはクリスティーネの進行する病に戸惑う写真家が見た光景なのだと忖度し、静物を撮影した写真を見ても、これはクリスティーネを喪ったあとの哀しみに満ちた写真家の視線なのだと解釈する。今後クリスティーネとの記憶をテーマにした作品を一切発表しなくなったとしても、我々がクリスティーネの影を古屋の写真の中に探さなくなるまでには、それなりに長い時間がかかることだろう。
クリスティーネの自殺というショッキングな出来事は、否応なしに古屋の撮るすべての写真を一つの物語へと束縛することになった。結果的に古屋はその束縛から逃れようとするのではなく、むしろ向き合うことを選択するわけだが、まるである日突然自分が「自分の人生」の主人公ではなく、「他人の人生」の登場人物であることを告げられるようなそんな暴力的なまでの人生の理不尽さを、彼はどのように受け止めたのだろう。クリスティーネの記憶と向き合うことは、古屋にとって人生そのものの不可思議さと向き合うことでもあったのではないだろうか。

それらの問いへの探求は、初めは単なる「個人的な問題」だったのかもしれない。しかし最終的に写真家が、長い彷徨を経た末に「所詮なにも見つかりはしない」ことを見付けたことによって、それは普遍的な問いにまで昇華されたのではないだろうか?

ところで「メモワール.」展を見た同じ日に、同じ写真美術館で開催されていた「侍と私」展も一緒に観覧したのだが、こちらは満足とは程遠い内容だった。なによりも不満だったのは杓子定規で硬直したその展示構成である。この展覧会は美術館の収蔵作品によって「ポートレート」をテーマに展開するシリーズの第一回目だったのだけれど、まるで「写真史博物館の常設展示」といった感じの紋切り型の展示で、あくび以上のなにものも誘われることはなかった。
特に違和感を抱いたのが、写真の草創期である江戸時代末期や明治時代初期に撮影された肖像写真のひとつひとつに被写体となった人物の「略歴」がなんの工夫もなくべったりと付されていたことだ。「研究成果の発表」という観点からすれば、古写真の肖像主の身元をひとつひとつ調べ上げていくことはそれなりに重要なことなのだろう。しかし「展示」としては、結果的に杓子定規な人物来歴がそこに付されることによって、それらの肖像写真は写真自体が持つ魅力を覆い隠されて、ただの「歴史資料」へと堕してしまっていた。つまりそれらの写真は、パスポートや免許証に貼られる「証明写真」と同じ、単なる人物証明の為の記号に過ぎなくなっていたのだ。
百年以上の時を超えて現代に伝えられたそれらの古写真に写しだされた人々は、まぎれもない「歴史上の人物」である。彼らと直接接した記憶を持つものは既にこの世にはおらず、彼らがどのような人間で、どのような人生を歩んだかについては、資料に拠るしか他に道はない。
しかし彼らには、そんなたった数行でまとめられてしまうような「略歴」以上の人生がきっとあったことだろう。一枚の肖像写真は、そんな彼らの「人生そのもの」を伝えてくれるものでは、もちろんない。一枚の写真が伝えられる情報量は「歴史資料」としては有限であり、極めて小さい。しかし一枚の写真は「そこに写っていること」だけではなく、同時に「そこに写し出されていないこと」をも含んでいるのだ。我々は一枚の写真から数行にまとめられた「歴史記述」以上の彼の人生を想像することはできたかもしれない。少なくともそれが「できる」ということを、展示の仕方によっては示せたかもしれない。しかし結局それを単なる「歴史資料」としてしか展示できなかったのは、単純に「写真」というものに対する担当学芸員の想像力が欠如しているからだと取られても致し方がないだろう。

古屋の「メモワール.」は、人の一生がたった数行の歴史記述、たった一枚の「証明写真」にまとめられてしまうというその残酷な事実を、最終的には受け入れることによって、その「残酷さ」を反転してみせているような気がする。
この世にはおそらく彼女自身以外の誰も知ることのできないクリスティーネが生きていた。我々は古屋によって撮影された彼女の写真を通して「クリスティーネ」という一人の人間を知るが、そのことの「ほんとうに意味すること」は、そこからは決して知ることのできないクリスティーネが、この世界には確かに存在したのだというその事実なのだ。
それは写真というメディアの孕む「絶望」であり、そして同時に「希望」でもあるのだろう。古屋の二十年を超える執拗な「問い」は、おそらくその反転を可能にするためにこそあったのではないのか。

「写真」は「写“真”」であるが故に、もっとも真実からは遠い。しかしもっとも真実から遠いが故に、逆にもっとも真実に近いのではないのだろうか?
つまり「真実なんて結局どこにも見付かりはしない」という真実を、写真は他のどのメディアよりもまざまざと示してくれるのだから。


「古屋誠一 メモワール.」
東京都写真美術館(2010年5月15日〜7月19日)
http://www.syabi.com/contents/exhibition/index-18.html

posted by 3 at 20:56| 日記

2010年04月29日

「幽霊」としての作品鑑賞〜橋本聡「行けない、来てください」

先日、橋本聡の個展「行けない、来てください」を見るために、茨城県守谷市にあるアーカス・スタジオまで出掛けてきた。
橋本聡の作品は昨年八丁堀にあるオルタナティヴ・スペースCAMP/Otto Mainzheim Galleryでの個展で初めて見た。そのとき橋本は、印刷紙で作った紙袋を観客が(自主的に)被ってそのあと(自主的に)鉄板の上で焼く作品や、直立した細長い木の箱に観客が(自主的に)入ってその外でスタッフがサイコロを振り出た目の時間だけ閉じ込められる作品などを展示していた。
そのときの俺の感想は、まぁ「ふ〜ん・・・」って感じだった。なんかちょっと「古いな・・・」とも思ったし、正直それほど大きな感銘は受けなかった。
でもどこか引っかかるところはあった。一見やっていることは手垢の付いた時代遅れのコンセプチュアル・アートみたいなんだけど、どこかにまだ手垢の付いていない「新鮮さ」というか、「見たことのない感じ」を孕んでいるような気配も感じたのだ。
だからその作者が廃校になった小学校の校舎を利用したアート・スペースで大規模な個展を開催すると知ったとき、やや遠出にはなるがこれはぜひ見に行かなければと決意したのだった。

「遠出」と言っても、つくばエクスプレスを使うと守谷駅まで秋葉原から30分ちょっとで着いてしまう。「茨城」の名から想像する距離感覚とは相容れぬ意外なほどの「近さ」だ。会場のアーカス・スタジオまではそこからバスで15分くらい。バスへの接続もうまく行き、なんだかあっという間に着いてしまった印象だった。しかし周囲に高い建物のない広い空は「遠出」の醍醐味を感じさせてくれる。
会場の旧小学校の建物は二階建ての小さなもの。生涯学習施設「もりや学びの里」の敷地内にあるため、校舎の前の広場では日光浴を楽しむ人々などが思い思いにくつろぎ、ゆったりとした時間が流れている。
1Fの受付でまずは誓約書を書かされる。「危険な作品があるため」との説明を受けるが、ここまで来て「見ない」という選択肢はあり得ないので、素直に署名する。係の人に案内され階段を上る。展示室は2Fの四教室だ。

まずは一番手前にある教室を覗き、驚く。床を覆い隠さんばかりに積み上げられた本の山。積み上げられたといっても横に寝かして積んであるのではない。頁を開いて立てた状態で何冊かの本を縦に塔のように積んである。あたかもミニチュアの都市を形作るがごとく様々な種類の本のタワーが不安定に乱立している。本だけではなくCDや、あるいは本のタワーのてっぺんにかーなり不安定な状態で茶碗や花瓶などが置かれていたりもする。あとから来た別の来場者が「これってもしかして冨井さんの作品?」と、以前同じアーカス・スタジオで個展を催した冨井大裕の作品と間違えていたが、いくらなんでもそれは冨井大裕に失礼だろっ!!とツッコミを入れたくなるくらい、同じ日用品を使った作品と言っても冨井の作品のようにちょっとでも動かしたら作品として成立しなくなるようなそんな繊細さは微塵も感じられない。ホントにただ雑然と積み並べてあるといった感じで、「フラジャイル」であっても決して「緻密」や「繊細」ではない。むしろ意図して「作品」然とするの避けているようにも見える。
並べられた本は作家の私物なのだろうか、雑誌やマンガなども散見されるが種類としては圧倒的に美術書が多い。CDもバラバラのようでいてなんとなく個人の趣味的傾向が透けて見える。
壁際にはベニヤ板が無造作に立てかけられ、入ってきたのと反対側(黒板側)の扉付近に簡単な仮説壁が設えられている。窓の外には午後の陽光に照らされた校舎前の広場が見えるが、あきらかにそこから届いたのではない人の声や物音が微かにどこかから漏れ聞こえてくる。
音の源は部屋のあちこちに仕掛けられた3台のモニターだ。そこではそれぞれ作者の過去のパフォーマンスと思しき映像が流されている。しかしそれらを見るのはかなり困難である。なにしろ入り口(教室の後ろ側のドア)から出口(前方のドア)へと抜けるけもの道的な「隙間」はなんとなくあるのだが、モニターはその位置からではまったく見えない。机の下や立てかけられたベニヤ板の陰、あるいは高所に設えられたベニヤ製の「筒」のなかに3台のモニターは隠されている。それらを見ようと思ったら、踏み台用として積まれた(ように見える)本の山におっかなびっくり登ったり、そっと触れただけでも崩れそうな本のタワーの林のなかへと踏み入ったりしなければならない。実際、先の「冨井」発言をした女性は、いくつかバタバタと本の山を崩してかーなりインスタレーションを「変容」させていた。

つづく第二室の入り口には、開いたドアの高さ1mくらいのところに横棒が備え付けてあって中に入れないようになっている。この部屋は外から遠め見るだけなのかと思いきや、ドアの側面に貼られたワープロ打ちの文字が目に入る。曰く「またぐか、くぐるか」。そしてそれに続いてその英訳と制作年「2010」の表記。つまりこの横棒も作品であり、「またぐか、くぐるか」というのは作品タイトルなのである。「この棒を跨ぐ、もしくは潜って中に入ってください」といった「指示」ではなく、あくまで「タイトル」であるところがイカニモ橋本聡的でイヤラシイ。中に入るか否かは完全に観客の自由意志に委ねられているのだ。
構わず跨いで入ってみるが、とくに部屋のなかには危険なものはない。ビニール袋を被って油性マジックで顔をトレースさせる作品や、任意に選んだ絵葉書に手紙を書いて水槽のなかに投函させる作品など、いくつかの作品が展示されている。いずれもワープロ打ちした文章が添えられていて「やるか、やらないか」は観客の自己判断に委ねられている。作品の種類としてはCAMPで見たものに近いが、やはり入り口の横棒の仕掛けが一番効いている。

第三室は前方の黒板側のドアが入り口となっているが、そのドアの横には「この作品は服を破損したり怪我をしたりする危険があります」との物々しい注意書きが貼られている。入るか否かは観客の自己責任のもとでと、あらためてここで念押しされる。
中に入ると、なぜ再度念を押されたのかすぐに理解できる。木で作った柵が開いたドアと同じくらいの幅で教室の黒板側を生徒側と隔てているのだが、柵にはご丁寧にも有刺鉄線が張られているのだ。柵の高さは腰よりやや高め、通路の幅は人がようやくすれ違えるほど。たしかにこれはかなり物理的に危険なインスタレーションである。
柵の中央部分にはベニヤ板でコの字型の囲いが作ってあり、その手前側の板には丸く穴が開いている。上から覗いてみると囲いのなかには雑誌などから採ってきたと思しき色とりどりの印刷紙が撒かれている。そして黒板にはワープロ打ちの一枚の指示書。「裸足になって板に開いた穴から足を入れ印刷紙を足だけを使って取り出し、それを丸めて柵のなかに投げ込め」。たしかに柵の向こうには丸められた色とりどりの印刷紙が転がっている。そのほかには白く塗った簡素な台が六つほど。そのうち遠くにある二つの台の端には今にも落ちそうな危うさで一輪挿しの花瓶が置かれている。
とりあえず裸足になり印刷紙を足の指で抓んで取り出し丸めて花瓶目掛けて投げ付ける。しかし紙は思ったよりも軽くて、花瓶までは全然届かない。せめて手前の台までなら届くのにな〜と思うがよくよく見ると、手前の台の後方には割れた花瓶と花が落ちている。つまり既に先客たちが届くところはすべて命中させたあとで、難易度の高い奥の二つの花瓶だけが残っているという状態らしい。「花瓶を狙え」などという指示はどこにも書いていないのだが、やはり考えることは誰しも同じらしい。というか他に選択肢を見付けられず結局は花瓶を狙うようにうまく誘導されているのだろう。最後に奥の二つがギリギリ残るあたりも計算され尽くされているように感じる。結果的に観客が投げ込んだ丸めた印刷物が「美的」に見えることも勿論「計算尽く」なのだろう。
教室の黒板側(教師側)と生徒側を鉄条網で区切ることになにか風刺的な意味合いを読み込むこともできるかもしれないが、それは的外れだろう。むしろそうした矮小な「意味」に囚われた解釈よりも、「教室」といういくらでも「意味」の籠められる空間を、ポーーッンとナンセンスの極地へと飛ばしてしまったその飛距離の大きさこそがこの作品の白眉なのだと思う。廃校の教室はなにを置いてもサマになる展示の「やりやすい」空間であるが、ここまでの長い飛距離で「教室」を異化した展示を、俺は過去に見たことがない。今回の展覧会におけるハイライトでもあるだろう。

第三室で盛り上がった期待を胸に、最後のクライマックスを求めてつづく第四室に向かうが、その期待は見事に裏切られる。
ガランとした教室の中央に立てられた一本のマイクスタンド。その周りには砂場のような囲いがあって水色の粘土が敷き詰められている。黒板には一枚の指示書。「マイクに向かって3分以内のスピーチ、もしくは咳、くしゃみ、つくり笑いなどをしなさい。終わったら粘土の上をステップを踏みながら退場すること」。
素直に指示に従ってみるが、もちろんなにも起こらない。やや拍子抜けの終わり方。でもこのもぬけのからの教室と、その「なにも起こらなさ」が妙に気持ちよかったりもする。むなしいのか、アホらしいのか、コケにされているのかヨクワカラナイが、なんだか変な満足感のある尻切れトンボな幕切れだった。


展覧会のキュレーターである遠藤水城がステイトメントのなかで「是非、ふらりと、展覧会にくるつもりではない気持ちで、幽霊のように来場してほしい」と書いているが、「幽霊」というのは橋本聡の作品を語る上でかなり有効なキーワードだと思う。橋本の作品を前にしたとき鑑賞者が感じる自身の存在感の無意味さは、ナルホド「幽霊」になったような気分に近い。
橋本の作品において「鑑賞者」は徹底的に匿名化される。どんなに事前に「自己責任」「自由意志」を強調されても、ひとたび橋本の作品に接した瞬間、自分の行うすべての行為、判断、意志は作者の手の内のなかで無効化される。どんなに「反抗」してみせたところで、鑑賞者が橋本の作品に与えられるのはせいぜい「幽霊的な痕跡」が関の山なのだ。
たしかに鑑賞者は橋本の作品に「参加」することで作品を「変容」させることはできる。本の山を崩すこともできるし、丸めた紙を花瓶にぶつけて落として割ることもできる。しかしそれらの行為は作品の根幹をなんら揺るがさない。どんなに「主体的な行為」の痕跡を残そうとしても、そのすべてがなんの苦もなく「作品」の範疇に搦め捕られてしまう。すべて作者の手の内なのだ。その「手の内」から逃れようと精一杯反抗してても、結局は作品を完成させるのに手を貸しているだけだったりする。しかもその「手柄」は一切鑑賞者には還元されない。作品にとってその行為は別にあってもなくても誰がやっても構わないものであり、そのことによって作品自体の本質はまったく変化しない。観客には「幽霊」程度の存在感しか分け与えられず、その行為は「幽霊が残した痕跡」以上の意味を持たないのだ。

当然俺のようなヒネクレタ根性をもった人間には斯様な事態は甚だ面白くない。「わざわざ」作品を見に行って「わざわざ」それに参加したのに、チットモその鑑賞体験が「自分のもの」になったような気がしないからだ。なんだか「わざわざ」作者の手のなかで転がされにいったようで、じつに不愉快である。なんとか作者の鼻をあかしてやろうと「抜け道」を探すのだが、ことごとく塞がれていてなにも見付からない。CAMPの展示のときは、箱に閉じ込められている間あまりにもヒマだったので持っていたボールペンで箱の内側に落書きをしてきたのだが、まーせーぜーそのくらいが橋本作品に対する俺の「鑑賞者」としての最大限の「反抗」だろうか。でも、そんなのはゼンゼンまだまだ「幽霊的な痕跡」の範疇だろう。

橋本の作品はいわゆる「観客参加型」の作品とは違う。根本的な部分で大きく異なっている。たとえば多くの観客参加型の作品は観客が参加してくれないことには作品が成り立たないが、橋本の作品は誰も「参加」しなくとも「誰も参加しなかった」という事実をもって作品が成立してしまうようなそんな構造を持っている。
観客が「参加」した場合も、参加した観客はその体験を「主体化」することができない。誰がやっても同じ結果になる、ということではない。むしろ主体性を尊重するフリをして、その主体性を徹底的に踏みにじり、無意味化するのだ。そのことだけを目的に作品が存在しているような、そんな「悪意」すらも感じる。
橋本の作品を「鑑賞」する際、観客は徹底的に「自分の意志」で作品に接することを求められる。しかし本当にそれは「自分の意志」なのだろうか? 展示を「見に」赴いた観客ならば、実際の展示を見る前に「危険だから自分自身の責任で見るか見ないかを決めろ」と誓約書を差し出されても、なかなか「見ない」という判断はしづらい。作品に添付された「指示書」にしても、それを無視することはモチロン可能だ。しかし指示書通りに「やって」みなければ、橋本の作品の場合ほとんど「見ていない」のと同じことになる。つまり作品を「鑑賞する」ためには、指示書に従って「やってみる」しかないのだ。ここでも参加が観客の「自由意志」に委ねられているようで、実は「強要」に近いものであることがわかる。鑑賞者は「指示に従うか、さもなくば見ないか」という二択を半ば脅迫的に突きつけられているのだ。
しかもそれを実際に「やって」みても、特になにかが起こるわけではない。それはまさに「体験してみるための体験」であり、それ以上のなんの意味も、成果も、恩恵も、オチも存在しないのだ。観客の手元には、ただ「やってみた」という事実のみが残る。橋本の作品を前にしたとき観客は、その事実を手に入れるか否かだけをめぐって「自己判断」を迫られるのだ。


ところで俺が展示を見に行った日は、ちょうど作者によるパフォーマンスがある日だった。
パフォーマンスの内容は橋本が畳一枚ほどの大きさのベニヤ板を顔面に貼り付けて教室前の廊下を行ったり来たりするというもの。ベニヤ板はどうやら裏側に打ち付けてある角材を歯で噛んで(?!)持ち上げているようだった。このパフォーマンスは展示時間いっぱい(5時間!)続く。顎がどうかなってしまわないかと他人事ながら心配になる。
ベニヤ板を顔面に貼り付けた「壁男」となった橋本は、板の重さのためかフラフラとゾンビのような足取りで歩く。目の前に板があるので前方は見えないはずなのだが、声や気配でわかるのか鑑賞者のほうに向かって歩いてきたり、鑑賞者がなかにいる教室の壁を廊下からガタガタ振動させて脅かしたりしていた。小学校の廊下なので障害物も多いためベニヤ板を顔に貼り付けたままではスムーズな移動は適わず、アチコチにぶつかってはその都度方向を変え「指向性」を感じさせない。ときおりは観客に向かってポケットから出したデジカメで撮影をしたりもするが、その動きも含め半意志を持ったロボットかゾンビのようで、滑稽であるのと同時にかなり不気味でもある。

そしてこの「壁男」と化した作者に対しても、我々「鑑賞者」はなにもすることができない。コチラの気配を感じて向かって歩いてきたりもするのだが、様々な障害物に阻まれすぐに向きを変えてしまう。足を引っ掛けて転ばせたりとか、後ろからど突いたりとかもやろうと思えばできるのだろうが、そんなことをしてもなにも得することはないし、キレられて反撃されてもかなわない。そしてなによりも身に染み付いた「作品鑑賞」の常識が、そうした「突飛な行動」に出ることを躊躇わせる。結局ここでも「鑑賞者」は幽霊のような存在なのだ。
ちなみに自分以外の観客が誰もいなくなったあと、わざと足音を響かせ帰ったと見せかけて、物陰からコッソリ橋本の様子を伺ってみた。観客が一人もいなくなったのだからさすがに板から顔を剥がして休むのかと思いきや、橋本の行動はなにも変わらなかった。相変わらず廊下を行ったり来たりし、教室の壁を外から震わせている。それを見たとき、俺は自分が紛うことなく「幽霊」であったことを思い知らされた。


今回の橋本聡の個展は、たいへん面白かった。会場は遠方だったが、遠出の手間を差し引いても充分にお釣りが来るだけ存分に楽しんだ。
しかし面白い展覧会を見たあとに「アー、オモシロカッタ」と満足して、それでオシマイッ・・・とはならないことがタマにある。なんというかモヤモヤしたものが胸に溜まってしまい、それを解消せずにはいられなくなるのだ。今回の個展はまさにそんな展覧会だった。
胸のモヤモヤは展示に対する不満ではない。むしろその感情は「嫉妬」や「敗北感」に近い。面白いものを見られたことに対する喜びと同時に、なぜか「負けた」気もする。大きな感慨を受けたが故に、その展示と自分のあいだに溝のようなものを感じてしまう。同じ「作家」としての敗北感というよりも(それも多少はあるだろうが)、「鑑賞者」としての敗北感。なんだかまだ「終わっていない」ような、割り切れなさ。それはおそらく、その作品体験がまだ完全には「主体化」されていないからだ。

そんなときに俺がとる「最後の手段」は、その作品ついて文章を書くことだ。時折このブログでも自分の見た展覧会や作品について駄文をしたためているが、それは別に興味深かった展示の情報を紹介し他人に知らせるためではない(俺はそんなに親切な人間ではない)。
俺が書くのは作者の「手柄」を横取りするためだ。あるいはその作品体験を「自分のもの」にするためだ。描かなければならない自分の作品が人生の残り時間を遥かにオーバーする勢いで溜まっているというのに、貴重な制作時間を割いてまでわざわざ他人の作品について下手な文章を書くのは、すべてそのためなのだ。そしてそれは「作品について書く」という行為の基本の姿だとも思ってる。

そして、ここまで続けてきたこのダラダラと長い文章も、もちろんそのような動機に基づいて書かれている。徹底的に「主体化」することを退ける橋本の作品を「自分のもの」にするために「最後の手段」へと訴えてみたというわけだ。橋本の作品に対する俺の最後の「反抗」だと言ってもいいかもしれない。
では首尾よく胸のモヤモヤは治まったかというと、う〜〜ん、なかなか微妙なところだ。茨城まで行って見た作品体験を「主体化」できたのかどうか、依然心許無い。

つまるところ、結局はこの文章も「幽霊的な痕跡」のひとつなのかもしれない。




橋本聡個展「行けない、来てください」
アーカス・スタジオ(2010年3月27日〜5月30日)
http://www.arcus-project.com/jp/event/2010/ev_jp100327140630.html

(※文中の作品タイトルや指示文章は「うろ覚え」で正確なものではありません。念の為。)

posted by 3 at 22:41| Comment(2) | 日記

2010年04月19日

Eyes

She had been waiting in the room when I opened the door. I was stared straight by her and hesitated to enter the room for a while.
It was the first experience in my life that I hesitated to enter an exhibition room where no one was in.
She was staring at me from inside the photograph.


She was the elder sister of Otomo Masashi who took the photograph.
It was the solo exhibition of Otomo. The exhibition title was "Mourai4", and it was 4th exhibition in the Otomo's serial one-man shows being held through this year.
"Mourai" is name of the place where Otomo's grandfather was born. Otomo is a photographer who keeps taking pictures about own roots. He showed the pictures of his hometown and his family in this series.

It was second time he showed his elder sister's photographs in these serial one-man shows.
They were obviously different from last time. The size of the photographs expanded, and her hair shortened, and she became looking beautiful.
And, the biggest difference was her eyes.
They were getting much stronger.
I felt that she was staring at me.

There were three photographs in the small exhibition room. Each of the photographs was hung on the three side walls one by one.
All of them were the pictures of Otomo's elder sister, and each of her looks was slightly different.
She on the photograph hung on the front wall that were seen first when I went in the room smiled obviously. She sat on the chair in a pose like Mona Lisa, and was making the smile of the mystery as much as Mona Lisa made.
She on the second wall had the smile loosen a little. She stared at me penetratingly with a somewhat serious expression.
She on the third wall seemed not to be smiling. She looked relaxed but a little tired. Her eyes were softer than others.
In other words, there were three kinds of smiles. I could see the gradation of the smiles of her. I could see three women, or I could see one woman in a different three times.

They were staring at me all together when I stood at the center of the room.
Of course, she would have been watching her younger brother when the photograph was taken.
But I felt like she was staring at me.
She was staring at me as if I was not an unknown person to her.
I got so confused and I could not understand whether she was a stranger to me or not.


Our surroundings are flooded with photographic images. Too many portraits' eyes are staring at us, but we don't think they really watch us. Photograph is the thing to see, not the thing to be seen from it.
Nevertheless, we sometimes feel their eyes are fixed on us.
For example, they are the eyes from a portrait of a deceased person.

I remember a portrait of my grandfather who died when I was little. The photograph was hung at high position on the wall in my grandmother's house.
In my childhood, I thought he was staring at me from the photograph wherever I was in the room. I went around in the room round and round, but I felt that his eyes were always chasing me.
I have no memories of my grandfather because I was too little when he died. But sometimes I feel he is watching next to me. I think that it depends on the experience.

My grandfather was my relative and I have met him when I was very little although I have no memories about him. It was no wonder I felt the affection from his eyes on the photograph.
On the other hand, Otomo's elder sister was an unknown person to me. I have never met her and I will never meet her. I don't know anything about her. She was a perfect stranger to me. It was just a picture in an exhibition.
But I felt she was staring at me.
Her strong eyes forced me to stop staying the position of onlooker.


I am always made to think about the essence of photograph when I see Otomo's photograph.
He is not doing a special thing. His photographs are extremely standard.
The photographs that he showed in this exhibition were family portraits. They are the most ordinary kind of photograph. Everyone has taken them since photograph was invented.
However, Otomo's photographs are not ordinary. His works are more than special.

One of the reasons why Otomo's photographs are special is based on his skill. Otomo is very skillful photographer.
The photographs of his elder sister in the exhibition looked like a masterpiece of Western painting.
Of course, these photographs were taken at the house where ordinary Japanese lives, and she wore an everyday clothes. But her pose, lights through a window, texture of photographs made the picture like a classical painting.

I told that I could see the gradation of the smiles in the exhibition. I can also tell that I could see the gradation from painting to photograph.
She on the front wall looked like a portrait of classical painting most.
She on the second wall also looked like a classical painting, but the trimming was not the standard for a portrait of classical painting.
She on the third wall did not look like a classical painting so much. I can also say that she looked like a photograph most. A bit of snap shot air remained on the photograph.

The resemblance to a painting led my thought to the question "What is a photograph?”
What is the difference between a person in a photograph and a person in a painting?
What are they watching? The painter? The photographer? Or me?
Is there a difference between their eyes?
Is there a difference between my eyes seeing a painting and my eyes seeing a photograph?
What kind of emotion should I hold when I see the photograph of the photographer's elder sister?
Who is she to me?
Who am I to her?
Otomo's photographs always muddle me.


I found a very interesting fact. The more she got closer to a photograph, the less I felt she was staring at me.
She on the front wall stared at me closest. She on the second wall was next.
She on the third wall stared at me lightest. Her eyes made me relieved most, because I could judge the distance to her.
She stared at me softly. The eyes calmed my confusion.
I thought that this was a relief that the photographer had prepared. His exhibition is always carefully planned.

However, her eyes' traces still remain in me and ask me the unsolved questions.
Who is she to me?
Who am I to her?
What is a photograph?



大友真志展「Mourai 4」
IKAZUCHI(2010年4月6日〜5月6日)
http://www.pg-web.net/home/current/2010/ikazuchi/apr.html
posted by 3 at 20:52| Diary

2010年02月23日

Twilog

最近だんだんツイッターの面白さがわかってきてヤバイのだが(ヤバイ=絵を描く時間が減る;)、今度はTwilog(ついろぐ)にも登録してしまった・・・。
Twilogはツイッターでつぶいたツブヤキをブログ風にまとめてくれる便利なサービス。ツイッターの利用歴や利用頻度も一目でわかる。
ただ便利なことは便利なのだが、ダダ流れて消えていく運命にあったその場限りのオキラクなツブヤキが「記録」として固定されてしまうことには、自分で自分の恥を刻み込んでいるような違和感がなくもないw。
でも一つの事柄についてまとめてつぶいたときなどは、わかりやすくてとても便利だ。

ちなみにここ数日はこんなことについてツブヤイている↓


2月20日 「第2回恵比寿映像祭“歌をさがして”」展示レポート
2月21日 「第13回岡本太郎現代芸術賞展」レポート他
2月22日 粟田大輔氏の論文『書き換えられるシステム』を読んで
2月23日 前日の続きで「美術批評」考


は、嵌らないように気をつけないと・・・(絵、描こ^^;)

posted by 3 at 21:37| 日記

2010年02月17日

The man who lives in upstairs

In midnight, I awake hearing someone come to my apartment singing in a loud voice. He goes up the stairs in front of my room noisily and sounds big footsteps on my ceiling. The man who lives in upstairs came home.

He comes home at irregular hour every night. He always sings a song loudly when he comes home. Therefore, all the neighbors can know his return even if they are sleeping well.
When he arrives at his room, he begins to listen to music. He doesn't mind turning the volume to the max even at midnight. He loves THE BLUE HEARTS. He sings (or shouts) with Hiroto on the CD with loud voice in limit that human can put out. And he dances (or fights something?) changing my ceiling into the big drum. All neighbors shout to him and beat the wall strongly. There is no word of "Good sleep" in the dictionary of people who live in this apartment.

I think he must be a drunkard. The bottles of the hooch he put in the dump site of the apartment are piled up like a mountain. He doesn't mind any rule about the way of taking out garbage. In backyard of my house、the splinters of the bottle that he threw away from the window are scattered.

Every night when I go to sleep, I hope the god or someone else takes him to the next world by car accident or anything else.
But after all, he'll come home singing loudly also tonight.


hahen


The splinters of shattered bottle

posted by 3 at 21:05| Diary

2010年02月11日

彫刻の「イメージ」

神奈川県立近代美術館葉山で開催されている「長澤英俊展−オーロラの向かう所」を見た。長澤はイタリアを拠点に活躍する世界的な彫刻家なのだが、はっきり言って俺は名前しか知らなかった(さらにもっとはっきり言えば長沢秀之とゴッチャになってニューペインティング系の画家だとばっかり思っていた^^;)。だから展示を見る前は長澤の彫刻について、とくに具体的なイメージは持っていなかった。

彫刻家、例えばロダンでもジャコメッティでもムーアでもカロでもイサムでも奮でも桂でも誰でもいいのだが、その名を聞くとその作風やイメージがなんとなく思い浮かぶものだ。ところがこの展覧会を見て、では長澤英俊の作る彫刻はどんなイメージなのか簡潔に説明せよと問われても、これがなかなか難しいのだ。なにしろ作品間の共通項を探すのが困難なほど、長澤の作る彫刻の作風は一見するとバランバランなのだ。

これだけ多様な作風の作品が一堂に並べられると、作家が長い年月をかけ試行錯誤のもとに様々なスタイルを遍歴してきたその軌跡だろうと思うのが普通だが、出品リストと照らし合わせてみると全然そんなことはなく、ここ何年かの間に作られた近作のなかにもまったく異なる作風の作品がいくつも混在している。
作風だけでなく使用している素材もバラバラで統一性がない。「木彫家」とか「鉄の彫刻家」とか彫刻家には作品の素材に即した呼び名が用いられることが多いが、長澤の場合それは不可能だろう。それもミストメディア的に「なんでも使う」といった感じともまたちょっと違っていて、大理石を使った作品はずっと大理石を、鉄を使った作品はずっと鉄を素材として使い続けてきた作家の作品のように見えてしまうところが、またややこしい。
大方の作品は抽象的な形態なのだが、なかには小屋や舟といった具象的な形象を想起させるものもある。ひとつの塊としてマッスのあるものもあれば、いくつかの要素が組み合わさって出来ている構築的な作品もある。床置きの物もあれば宙吊りのものもあるし、小部屋を使ってインスタレーション風にしたものもある。
作品を通して語られようとしているイメージも掴み辛い。長澤の彫刻を「詩的」とする評価もあるようだが、正直これのどこが詩的なのかサッパリわからない。タイトルのセンスもとても優れているとは言い難い。でももの派やアルテ・ポーヴェラの作品のように無造作にモノがどかんとそのまま提示されているかというとそうではなく、むしろそれらと比べると作為は目立つ。でもその作為がどういうベクトルを持っているのかというと、これがなんとも見定め難くて、作品を前にするとむしろ作為よりも素材のモノとしての力のほうが圧倒的に強かったりする。なんというか、もう全てにおいて捉えどころがなく「バラバラ」なのだ。

だから会場の様子を端的に表現してしまうと、まるでどこかの公募団体の彫刻部門の展示のようw。でも、じゃあツマラナイのかと言われるとそんなことはゼンゼンなく、一つのキーワードのもとに整理してしまえるような明確な傾向性はないものの、あきらかに「公募展の彫刻部門の展示」とは違う、一人の作家による計算し尽くされた展示であるという気配は確かに感じる。しかしそれがイッタイ何なのか、なかなかすぐには気付き難い。

でも会場を巡っているうちに、このバランバランなイメージの作品群の中にも、一つの共通点があることが見えてきた。それは素材となる物質に対する作者の感覚が、どの作品のどのマテリアルにおいても異常なまでに鋭いのだ。いや「鋭い」というか、むしろそれは「フェティッシュ」と言ったほうが近いかもしれない。なんというか偏執的なまでに使われている素材の「見え方」が気持ちいいのだ。
複数の素材がひとつの作品に対して使われている場合が多いのだが、その組み合わせ方になにか作者の快感原理を感じさせるようなこだわりを感じる。一種類の素材しか使われていない作品でも、例えば入り口すぐのところに展示されていた《夢うつつのセリエンヌ》などは大理石のみの作品なのだが、そこに使われた二種類の大理石の特に中心に据えられたほうの石の模様の見え方はやっぱりちょっと普通じゃない。
あるいは仮説壁で設えられた小部屋に展示してあるインスタレーション風の作品《ミューズの部屋》。白い壁の上半分を覆うように白の模造紙が貼り巡らされその四隅に銅と真鍮で作られた半立体状のオブジェが8つ展示されている。このオブジェがいいのか悪いのかかなり微妙なデザインで、貼り巡らしてある紙の意味もよくわからない。しかもこの作品のタイトルが「ミューズの部屋」!? さすがにこれは失敗作だろうと思って見ていると、オブジェのなかに使われている真鍮の錆の美しさにフト目が留まる。すると次に銅の紙的にくしゃらせたテクスチャーが気になってくる。するとすると今度は意味不明だった貼り巡らされた紙の表面に微かに寄った皺に目が行く。素っ気ない白の仮設壁の上に無造作に貼り渡されたなんでもないただの白の模造紙なのだが、その「白」の違いとか、微妙にめくれ上がった紙の端部などが妙に気になってくる。まったくなんていうことのないただの模造紙が、作品のなかで突然その存在感を顕わにしてくる。

しかし長澤の彫刻は素材の本来的なマテリアルの面白さを主として見せようとしているのではない。先に「フェティッシュ」という言葉を使ったが、長澤の場合大理石や鉄といった素材に対する嗜好が先にあるわけではないのだ。それらはあくまで彫刻を成り立たせる構成要素の一つとして存在している。彫刻の中の一要素となることによって初めてそれらマテリアルは独自の「表情」を見せているのだ。だから長澤の彫刻における素材のテクスチャーの「面白さ」に気が付くことは、そのままそれを成り立たせている彫刻の構造的な面白さに気付くことへと繋がっていく。
すると初めは理解不能だった形態が、だんだん意味を持ったかたちのようにも感じられてくる。作者の作為が作品の構造の上において「理解」できるようになってくるのだ。力学的な原理の応用に基づいたダイナミックな力業から、なんでもないディティールに施された偶然にも見えるような作為まで、作者の作為が感覚的な実感を伴って次々と見えてくるようになる。
さらには周囲を見回すと、作品間の関係性や空間自体の変容も見えてくる。始めは公募団体の彫刻部門の展示のように思えた会場が、実は作品同士の関係性によって緊張感に満たされた磁場を形成していることにも気付く。
この時点で既に彫刻は現前に拡がる世界を異化させる見知らぬ媒体へと超克している。想像力如何によってはそこから「詩情」だって「物語」だって「時間の流れ」だって、見ようと思えば見て取れるようなそんな心持ちにさえなってくる。

この「見えてくる感覚」のリレーションは実にスリリングだ。物質と作為と自然と人工と思考と偶然と細部と全体が目まぐるしく行き来する。これは3次元的な鑑賞が宿命付けられている彫刻ならではの醍醐味なのだろう。
長澤の彫刻の魅力は、写真で見ているだけはなかなかわかりづらいだろう。写真では写し撮ることのできない「イメージ」が、そこには潜んでいる。そしてそれを引き出すまでにかかる時間差もまた彫刻の一部なのかもしれない。



ところでこの展覧会を見ながら俺は別のある対照的な彫刻展を思い出していた。それはメゾンエルメスで見た小谷元彦の個展「Hollow」だ。
小谷元彦はイメージを作り出すのに大変長けた作家である。しかし実際にその作品を展覧会で見たときに、俺はそのイメージを超えるだけの経験をしたことは一度もない。小谷の作品を全て見ているわけではないのだが、実作品を見てガッカリしなかった記憶がないと言っていいほど「イメージ」と実作品の落差が大きい作家なのだ。

webや雑誌の図版で見る小谷の作品のイメージは(そして小谷自身のイメージも)クールでスタイリッシュでなんともカッコよさげだ。さらに芸大の彫刻科出身という経歴や橋本平八を引用したりする美術史との関連付け方が、その現代的でクールなイメージに「芸術」や「彫刻」としての重みを担保している。重みと軽さ、伝統と現代性、アートとファッション、それらを巧みに融合させたものとして小谷元彦の作品のイメージは出来ている。

しかし小谷の作品における「イメージ」のピークは、おそらくこの時点でもう終わりなのだ。つまり実際に作品を目にする前にメディアを通して得た情報を総合して自分の頭のなかで作り上げた「イメージ」が、彼の作品体験における「イメージ」の頂点なのである。そしていざ実物の作品を目にすると、イメージしていたものと比べ遥かに「ショボイ」ことにいつも戸惑う。確かに図版で見たものと同じ形の同じものが目の前にあるはずなのに、それが「図版で見たイメージと同じ形をした同じもの」以上の意味を持たないのだ。「作品」としての、「実物」としての、アウラが全く感じられないのである。

理由はいくつか考えられる。例えば小谷の作品は素材のマテリアルや表面的なテクスチャーに対する扱いがぞんざいだ。だからそこから何がしかの魅力を感じたり、新たな発見があったりすることがない。「イメージ」がまず先に存在し、モノはあくまでそのイメージを「3次元的に象ったもの」以上の意味を持たないのだ。
「Hollow」で使用されているのはFRP樹脂だが小谷はインタビューでこの素材が「感情を受けつけない素材」でその「感情のなさ」が気に入って使ったと答えている。しかし実際に作品を目にした経験から言えば、その「感情のなさ」すら感じることはなかった。それはあくまで「そういう形をしたそういうもの」の域を出ていない。だからいくら空間的、時間的に観賞を積み重ねても、初見で把握できる平板な外観像より先にはイメージが深まっていかないのだ。これはFRPの「感情のなさ」とはまったく別の次元の問題だ。感情を受けつけないならば受けつけないなりの魅力があるはずだが、小谷の作品にはそれすらない。小谷自身の使用する言葉を借用すれば、彼の作品にはモノとしての「色気」が徹底的に欠落しているのである。

面白いのは小谷は映像作品も手掛ける作家だが、その映像作品も彼の彫刻作品と同じように、作品の断片的なイメージを図版などで見て事前に自分の脳内で膨らませたイメージと、実際に展覧会場などで上映されている映像の落差が凄まじく大きいのだ。ある程度はよく出来ているのかもしれないが、あくまで「ある程度はよく出来ている」程度であって、事前の期待値を上回ることはない。むしろ展開が退屈だったりとか、クレイアニメの動きが全然気持ちよくなかったりとか、流れる雲の映像が素材集で見慣れた雲ばっかりだったりとか、「映像作品」としてのアラばかりに目が行ってしまい、映像を見る快楽が伝わってこない。それらの多くは技術的な問題なのかもしれないが、しかしそれ以前の問題として映像作品であることの必然性自体を疑ってしまうことが多いのは、やはりそこで表現されるイメージとそれを表現する媒体としての映像が、どこかで乖離しているからではないだろうか? 彫刻作品と同様、映像作品も映像本来がメディアとして持つ特性や本質を追求するよりも、「イメージ」を実現させるための単なる「手段」としてしか使っていないように感じてしまうのだ。
それならばスティルイメージである写真作品が一番向いているのかというと、これもそうでもないのだ。確かに雑誌などの図版で見る限り小谷の作り出すイメージはクールでカッコいいのだが、いざそれを「写真作品」として引き伸ばし額装して展示すると、なんとも「弱い」のだ。イメージの合成で作られた写真の「作り物具合」がなんとも写真作品としては弱々しく感じてしまう。つまり写真作品ですら「イメージ」が先行してあり、「モノとしての色気」には徹底的に欠いているのである。

「Hollow」展で披露された新作も、ウインドウディスプレイの飾りにならいいのかもしれないが、俺にはどうしてもこれが「彫刻」には見えないのだった。
しかしメディア的特性よりも「イメージ」を先行させる小谷の制作態度は、どの表現メディアにおいても一貫しているとも言える。
おそらく小谷の作品におけるイメージの先行は、半ば意図的なものなのだろう。映像や写真作品はともかくとしても、彫刻作品においてはイメージを先行させるために、敢えてモノとしての存在感を放棄しているのかもしれない。
しかしもしそうなのだとしたら実際に我々が小谷の彫刻を目にするとき、そこではイッタイ何を見ているのだろう?
果たしてそれは「小谷元彦」というイメージ以上のものなのだろうか?



「長澤英俊展−オーロラの向かう所」
神奈川県立近代美術館葉山(2010年1月9日〜3月22日)
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2009/nagasawa/index.html

「Hollow」小谷元彦展
メゾンエルメス8Fフォーラム(2009年12月17日〜2010年3月28日)
http://www.art-it.asia/u/maisonhermes/b5sRXv1nwJqKI9ujVT6k

posted by 3 at 22:50| 日記

2010年01月11日

「見なくてもわかる」もの(または「見ただけじゃわからない」もの)

相変らず「作品」について考えている。
あるいは「作品について語ること」について考え続けてる。


昨年末某所で開催された某シンポジウムを聞きに行って、どうやら世間ではChim↑Pomの作品『広島の空をピカッとさせる』を「ネットで祭りになった」ことを理由に評価しようとか、一連の「騒動」も含めて「作品」と捉えようとかネボケタ意見が未だに残存していることを知り呆れ果てたのだが、でも「そうしたトンデモな意見がなぜ出てくるのか?」について考えてみることは「美術」という表現フィールドの「特殊性」について考えることに繋がるのではないかと思い当たり、年越しでグルグル考えていた。

言うまでもないことであるがChim↑Pomの『ピカッ』が主にインターネットを舞台に「騒動」になったことを「作品」の一部として評価しようとする意見がアホアホしいのは、実際の作品(先のシンポジウムにはChim↑Pomのリーダーである卵城氏もパネラーとして出席していたのだが、作者である彼らはあくまで展覧会で発表したかたちのものを「自分たちが思っている”作品”」であると語っていた)に比べて、ネット上の「騒動」があまりにも取るに足らない平々凡々とした「小ネタ」に過ぎないからだ。そもそもそのような意見を言う人たちは「騒動」をさも重大事のごとく語るが、インターネットで起こる出来事全体から見れば『ピカッ』の「騒動」なんてほとんど「誰も知らない」ようなローカルな話題なのである。「祭りになった」とか「バッシングが凄かった」という話で言えば、同時期の「吉野家のテラ丼」とか「ケンタッキーでゴキブリ揚げた@mixi日記」とか(つーかみんなまだ覚えてる?^^;)のほうが、話題性だけ取り上げればヨッポド巨大である。にもかかわらず「テラ丼」や「ゴキブリケンタ」は一過性のクダラナイ話題として早々に忘れ去られているのに対し、『ピカッ』だけが多くの識者によって論じられ、本が上梓され、さらにはその「騒動」自体が新しいアートのかたちであるといったネボケタ意見が蔓延るに到るのは、単純にそれが「アート」をめぐる話題であったからに過ぎない。先のシンポジウムのなかでは「アートと社会」をめぐる問題として赤瀬川源平の千円札裁判が例として挙げられていたが、それこそ千円札裁判以来かもしれないくらいに久しぶりに「社会」が現代アートの作品について「関心を示してくれた」ことに対して現代美術村の住民たちが興奮して過大評価をしてるだけであって、「騒動」そのものは実際の作品に比べればほとんど何も意味を持たないというのが俺の意見である。実際問題として完成した作品を見てしまったあとは、俺にとってはネット上の「騒動」なんて作中で小型飛行機が描く「ピカッ」の文字がCGでないことをバックグラウンドで保障するくらいの意味しか持たなくなった。

でもここで問題にしたいのは実は『ピカッ』ではなくて、シンポジウムの中でパネラーの一人が何気なく漏らした一言なのである。例によってろくすっぽメモももとらずに聞いていたうろ覚えの記憶に基づく記述なので、そのパネラーが本当に次のような言い回しで発言したのかどうか非常に心もとないのだが、そこらへんは大いに割り引いて読んでもらうとして自身も美術家である彼は卵城氏に向かって『ピカッ』の作品を自分は評価するとの旨を告げたあと、続けてこう言ったのだ。


「実際には僕はその展示は見てないんだけどね。でも話もいろいろ聞いたし、本も読んだから(作品がいいことは)見なくてもわかるよ。」


もちろんこれは問題発言とか失言とかいった類のものでなく、文脈に照らして聞けば彼が「経験則や勘で評価できる作品であると推測できる」といった意味で発言したことは明らかなのだが、でも「実際に展示を見た」俺からすると、自らの作品が「まったく二次媒体映えしない(つまり、実際に見ないと真価がわからない)」と認めているその美術家がもし実際に作品を見ていたら、少なくとも「見なくてもわかる」とは言わなかっただろうと思うのだ。本人にマッタクその気がないとしても、その発言が『ピカッ』の作品を「見くびっている」ことに繋がってしまうとおそらくその美術家ならば気付くだろうと思うからだ。

もちろん『ピカッ』は完成した作品が発表されるに到るまでの過程の特殊性から近年では稀に見るほど「実際の作品を見ていないで語られた」作品であるという点において例外的である。
しかしこの「見なくてもわかる」という態度は、実は「美術(というか現代美術)」の分野においては特に「例外的」とは言えないのではないだろうか? 同業者である美術家にさえ「見なくてもわかる」と言わしめてしまうナニカが「美術」というジャンル自体が抱える特殊性として存在しているようにも感じるのだ。

これを別の表現分野に置き換えてみるとよくわかる。例えば映画や小説に関して「俺は監督と話もしたし、シナリオも読んだから、見てないけどあの映画が面白いのはわかる」とか、「この小説については評論や感想を山ほど読んだから、小説自体を読まなくてもツマラナイとわかる」などとはあまり言わないし、言ったとしても良識ある人たちから批判の眼差しで見られることはまず間違いないだろう。
「批評」とまでも行かなくとも、ある作品に関する感想を述べるためにはその作品を読んだり見たりすることは最低限のルールだと思うのだが、『ピカッ』の「騒動」に象徴されるように、こと現代美術のフィールドでは「作品についての感想」と「作品について語られた言説(やゴシップ)についての感想」がウヤムヤなままゴッチャに語られることが普通になっている。つまり実際に作品を見ての感想(一次的情報に基づく感想)と作品を見ないでの感想(二次的情報に基づく感想)の峻別に対して他の表現ジャンルと比べ圧倒的に無頓着な状態にあるのだ。
それは小説や映画などと比べ、例えば展覧会といったメディアが期間と地域を限定したものであるが故に、実際の作品を自分の目で確認してその言説の妥当性を検証することが難しいという事情にも因っているのだろう。ある作品について語ろうとしても、二次的な情報に頼らざるを得ないことのほうが美術作品に関しては多いのかもしれない。
しかし例えば演劇やコンサートといった同じく一次的な情報に接することの出来る人数の限られたメディアにおいて、それについて語られる言説に「見ている/見ていない」ことに対する曖昧さがあるという話はあまり聞かないし、むしろそのような一回性の性格が強い表現フィールドのほうが、他ジャンルよりも一次的な「体験」の優位性は尊重される傾向にあるように思われる。

ではなぜ美術だけは違うのか?

ひとつ考えられるのは、世界の他の都市の事情は知らないがこと東京(「日本全国」なら尚更だが)に限って言えば、演劇やコンサート等に対して美術は観賞対象となる「現場」の数が多く分散化しているのでそのすべてを見ることは不可能であるといった事情が関係しているのではないだろうか。新聞などで演劇やコンサートに関してはその道の専門家や批評家がレビューを書いているのに対し、展覧会のレビューが記者に任されることが多いのは、その辺の事情に因っているように思われる。つまり評論家や美術史家のお偉い先生がたが「いちいち全部見てられない」ということなのだろう。
しかしおそらくそれ以上に大きな要因として考えられるのは、演劇やコンサートといったメディアの「作品」の外殻が美術に比べて明確であるということだ。なにしろ美術のフィールドにおける「作品」の外殻は、『ピカッ』が「ネットで騒動になったことも含めて「作品」の範疇である」といった突飛な意見がさして突飛なものに感じられないほどグダグダにポストモダン化しているのだから。

一般に現代美術の作品は「見ただけではわからない」ものであると言われる。それは人口に膾炙した多くの人間が抱く「現代美術」に対するもっとも顕著なイメージであろうし、おそらく多くの美術の専門家もそれが真であることを否定しないであろう。
しかしあらためて考えてみると「見ただけではわからない」とは、かーなり突飛な意見である。例えば同じアタマに「現代」が付き「難解」なイメージのある現代詩や現代音楽にしたところで、「読んだだけではわからない」とか「聴いただけではわからない」とはあまり言わないだろうし、ましてや「読まなくても分かる」とか「聴かなくてもわかる」とは、多少なりとも良識のある人間ならば口が裂けても言わぬに違いない。

しかしなぜか現代美術だけは「見ただけではわからない」ものであり、さらにそこから「見なくてもわかる」までひとっとびに飛躍してしまっている。
では、なぜ現代美術は「見ただけではわからない」のか?

その背景には、先にも示したように現代美術の作品や展覧会といったメディアが期間と地域を限定した一回性の強いもので一次的情報に接することのできる人数が限られるため、「見た」ことだけを根拠に書かれた感想や批評の妥当性を検証し難いという事情が存在するのだろう。
美術の分野において「見ただけの感想」は「印象批評」であるとして蔑まれる傾向にあるが、これもまんざら故なしのことではないのかもしれない。「見た」ことの特権性ばかりを振りかざされては、美術をめぐる批評の信憑性が下落してしまうと懸念する向きがその背後にはあるのではないだろうか?(ちなみにそこで懸念されている状況を具体的に想像すれば、素人が作品を「見ただけ」の感想を書いたブログ<このブログがまさにそうだ!>が、美術評論家や美術史家など玄人の書いた専門論文を駆逐してしまうといった状況なのか^^;)。

では「見ただけではわからない」と主張する人間は、いったい何をもってすれば「わかる」のだと定義しているのだろうか。
多くの場合、それは作者の考えや美術史における位置付けといった「コンテクスト」であると言われている。それらを知ることによりはじめて作品が「理解」できるという理屈なのだ。
しかしよくよく考えてみるまでもなく、これもかなりアヤシイ話である。

まず作者の考えや思想が作品の裏付けとしてあり、それを知ることが作品を理解するための必要条件であるという考え方だが、単純に作者が作品について「わかっていない」ことなんて実はざらにある。
言うまでもなく美術作品はそれを作った作者の考えや思想「そのもの」ではない。もし作者がなんらかの考えや思想を他者に伝えたいのであれば、それは言葉で表現するのが一番正確に伝わるだろう。それを「美術作品」というかたちで表現しているのだから、その時点でそれは作品を作る動機となった作者の考えや思想そのものとは独立した「別のもの」である。当然そこには作者の考えとはまったく異なった解釈の可能性だってあり得る。
そもそも作品について作者が「わかってない」ことなんてごく普通にあるのだ。先に例に挙げたChim↑Pomの『ピカッ』について言えば、リーダーの卯城氏はある種の予感に基づいて思考を停止した状態で制作に踏み切ったとシンポジウムの中で語っていたが、彼の話を聞く限りでは、直感のレベルではこの作品の真価を見抜いているように思えたが、実際に理屈としてこの作品を「理解」できているとは思えなかった。以前にこの日記にも書いたが、彼らが展覧会で『ピカッ』と一緒に展示した(そして『ピカッ』に比べむしろ彼らの「思想」をベタなかたちで表現した)『リアル千羽鶴』や平和をめぐる言葉を刻んだプレートなどは、『ピカッ』とは相反するベクトルを持った駄作であると俺は考えている。つまり『ピカッ』は物凄い作品だと思うし評価しているが、それはそれを作った作者の考えや思想が素晴らしいからではないのである。
もちろんこんな例ならゴマンとあるし、むしろこっちのほうが普通なのだ。もちろん作者の言葉から作者の無意識を掬い取ることも、あるいは作者の思想を知ることが作品観賞に新たな側面を切り開くこともままあるだろう。しかしそれらは作品を見るための「必要条件」ではない。そもそも作者の考えや思想を超越していなければ、作品が「作品」である必然性などなくなってしまうのではないか?

そしてもうひとつ「美術史的な位置付け」のほうだが、とにかくなんだか知らないが美術の世界では「美術史」というものがやたらありがたがって重んじられている。おそらくそれは何が「美術」であるかを決める根拠が「美術史」のなかにしかないという考え方に因っていると考えられる。ある作品が「美術」であるかないかなどをまったく考慮に値する問題だと考えていない俺のような人間にとってはそこらへんの重要性がイマイチよくわからないのだが、「美術」であることをひたすら重要視し価値付けする人たちにとっては、「美術史」は聖書かコーランかはたまた仏典のような存在にも値するのだろう。
しかし「美術」であるか否かをそこまで重要視することへの懐疑はさておいても、ではそこで崇め奉られている「美術史」の信憑性について考えてみると、これはこれでかなり疑わしいものであると言わざるを得ないのだ。
というのも歴史的な検証を経ている遠い過去のものはともかく、現代作品がしばしばその「根拠」の対象として参照される近過去の美術史は、それを「実際に見た」少人数の当事者たちの証言によって成り立っている場合がほとんどだからだ。たとえば以前某美術雑誌が日本の戦後美術史の特集を組んだ際、近過去である1990年代の記述について、それを担当した美術評論家が一個人として見聞した「その周辺」が「90年代の日本の美術の中心」として堂々と語られているのを見て、おおよそ同じ時代の同じものを別の角度(外側)から見てきた人間として激しく違和感を感じたのを覚えている。ちなみにその記述者は現代美術の世界では現在もっとも高名かつ有能な評論家の一人であり、しかも高名であるにも関わらず実際の「現場」をよく見ている稀有な人物でもあるので、おそらく90年代の日本の現代美術を語る人材として適切な人選であることに異論は出ないだろう。しかしそうした見識ある適任者が書いたとしても、やはり近過去を「歴史」として記述する作業は、同時代を生きてきた人間にとっては「偏り」のあるものとして感じてしまう。つまりそれは「美術史」なんてものが、それだけ恣意的に出来ているということのあらわれなのだ。
もちろんそれは広く「歴史」全般にも同じことが言えるのかもしれないし、歴史の記述とは本来そういうものなのかもしれない。しかし一次的情報に接したことへの特権性を排するために作品の評価基準を「コンテクスト」に求めたのに、その「コンテクスト」である美術史自体が実は「実際に見た」ことの特権性を根拠に作られているのだとしたら、ナントモ皮肉な話である。

では「見ただけ」では駄目で、「コンテクスト」だけでも駄目だとしたら、美術作品を評価する際にイッタイ何を拠りどころとすればいいのだろう?
残念ながらそれに対する明晰な解答を俺は持ち合わせていないが、しかし結局は「作品」を語る者の矜持の問題ではないかとも思っている。

つまり、
実際に「見た」ものについては「見た」ことの特権性に驕ることのないように、
実際に「見ていない」ものについては「見ていない」という留保を忘れることのないように、語る
ということだ。

ポストモダンだろうがインターネット時代だろうがなんだろうが、「作品」に関して語る際のこの姿勢が無効になることはないと俺は信じている。

自戒の念を込め、それをここに記しておく。

posted by 3 at 21:05| 日記

2010年01月01日

「社会を良くしようとしない」と年頭に誓う

今を遡ること遥か昔、まだ20代だった頃の俺は自分が「アーティスト」だと思っていた。当時はまだ作品を発表もしておらず、また発表したいと思えるような作品も作れていなかったのだが、それでもなんとなく自分は「人種」としての「アーティスト」なんだと信じていた。
思えば当時はいまと違ってまだ「アーティスト」という言葉に社会の逸脱者的な響きがあった。いまでは「アーティスト」というとなんだかありふれた職種のひとつのようになってしまい、かつてのように奇人、変人、変り者、はみ出し者、ならず者、異端児、落伍者、溢れ者、役立たず、ゴクツブシ、ろくでなし、愚か者、虚け者、困り者、場所塞ぎ、能無し、ボンクラ、バカ、アホ、屑、ゴミ・・・といったニュアンスを持って語られることが少なくなったような気がする。もちろん俺がシンパシーを感じ自身を重ねていたのは後者のほうの「アーティスト」であり、実際問題として俺が他人から「あいつはアーティストだから・・・」などと言われるときは、そこに悪口的ニュアンスが含まれていないことは百パーセントなかったと胸を張って断言できる。

ところが時が経ち、自分の立ち位置はほとんど変わっていないのにも関わらず、いつの間にやら他人が発する「アーティスト」という言葉のなかに侮蔑的な響きが薄れてきたように感じるのだ。それはおそらく俺自身が変わったのではなく「アーティスト」という言葉の持つ意味合いが世の中的に変わってしまったからではないだろうか。なにしろ「アーティストとしての社会的責任」なんてことを本気で(!)言ってる輩が石投げりゃ当るほど増殖した世の中になってしまったのだから。「社会」なんて背を向けたり、復讐したり、一泡吹かせたりするものだと思っている俺のような人間とは、その見解の相違はエベレストの頂上とマリアナ海溝の底くらいの差がある。
正直今では自分が「アーティスト」であるのかどうか、かーーーーーなり疑わしいし、かつてのように「アーティスト」という言葉に自身のアイデンティティを感じることもない。他人に紹介されるときおそらく他に言いようがないもんだから「こちらがアーティストのミズノさん・・・」などと紹介されようもんならもーそれこそ全力で否定したくなってしまってショーガナイ。「アーティスト」という言葉に侮蔑的な響きが薄れれば薄れるほど「アーティスト」と呼ばれるとなんだか軽く見られて馬鹿にされたような気分になるのはイッタイ何故だろう?

考えるに社会に対してアートやアーティストが「善い」ものであろうとする機運が高まったのは、あの「9.11」のワールドトレードセンターの事件あたりからではないだろうか? 年末に聞きに行った某シンポジウムでもパネラーの美術家が「アート」の本質は「善良さ」にあると発言していたが、やっぱり「あれ」を「アート」と区別するためには、「アート」を「善なるもの」と定義するしか方法がなかったのだろう。
さらには近年のアートバブルの反動(と後ろめたさ)から、「金持ちの嗜好品ではないアート→社会に善なるアート」という指向性がより強まったのであろうことも理解できる。
だから現在意識的に社会的な「善」を志向しているアーティストは、時代の空気に敏感な者たちであるとも言える。

しかしそのことは確かに理解できるのだが、ぶっちゃけた話「善意のアート」なんて総じてツマラナイのだ。
手塚治虫が昔『マンガの描き方』のなかで、漫画の本質は風刺にあるので「ほめる漫画はちっともおもしろくない」と喝破していたが、なんかそれに近いものがある気がする。
「善意のアート」は「正しい」のかもしれないが、つまらない。残念ながら(まーあんま残念でもないけど)それはマギレモナイ事実なのだ。

当然のことなのかもしれないが、最近は自分のやりたいことと世の中で「アート」と呼ばれているものとが秒速で遠ざかっているように感じる。自分はもうちっとも「アーティスト」じゃないと思うし、自分の作るものもゼンゼン「アート」じゃないと思うけれど、でも「アート」を完全に無視できるまでにはまだそれに変わる言葉を見付けられずにいるし、「アート」のロクデナシ感が完全にこの世から消え失せてしまったとも思い切れていない。

それでじゃーなにをしよーというととべつにくになにかをするわけでもないのだが、とりあえず年頭の誓いとして「俺はゼッタイ社会を良くしようとしない」というロクでもない誓いでも立ててみようかと思っている。
まーでもよくよく考えてみたら、生まれてこのかた「社会を良くしよう」としたことなんて一度たりともありゃしないんだけどねw

posted by 3 at 17:01| 日記

2009年12月29日

2009年俺的展覧会TOP10

手抜きして今年も日本語だけで。例によって基準は「俺がどのくらい強くimpressionを受けたか」だけのつまり「日記」です。


1位:「齋鹿逸郎 抽象への憧れ」藤沢市30日美術館(2-3月)HP
2位:「‘文化’資源としての炭鉱」目黒区美術館(11-12月)HP
3位:「Chim↑Pom 広島!」Vacant(3月)HP
4位:「アロイーズ展」ワタリウム美術館(5-9月)HP
5位:「原口典之 社会と物質」BankART Studio NYK(5-6月)
6位:「建物のカケラ 一木努コレクション」江戸東京たてもの園(1-3月)
7位:「国宝 阿修羅展」東京国立博物館(3-6月)HP
8位:「藤本なほ子 遺跡」MUSEE F(6月)
9位:「没後80年 岸田劉生 -肖像画をこえて」損保ジャパン東郷青児美術館(4-7月)
10位:「光 松本陽子/野口里佳」新国立美術館(8-10月)HP

次点(見た順):
・「ビデオを待ちながら」東京国立近代美術館(3-6月)HP
・「躍動する魂のきらめき 日本の表現主義展」栃木県立近代美術館(4-6月)HP
・「日本の自画像 写真が描く戦後 1945-1964」世田谷美術館(5-6月)HP
・「画家の眼差し、レンズの眼 近代日本の写真と絵画」神奈川県立近代美術館葉山(6-8月)HP
・「小林達也作品展 立って 歩く」トーキョーワンダーサイト本郷(7月)HP
・「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」東京オペラシティアートギャラリー(7-9月)HP
・「小野木学−ナヤミノタネ−展」練馬区立美術館(9-11月)
・「皇室の名宝―日本美の華(第1期)」東京国立博物館(10-11月)HP
・「医学と芸術展」森美術館(11-2月)HP


このうち2位「‘文化’資源としての炭鉱」、3位「Chim↑Pom「広島!」、5位「原口典之 社会と物質」、8位「藤本なほ子 遺跡」、10位「光 松本陽子/野口里佳」、次点「日本の自画像 写真が描く戦後 1945-1964」「鴻池朋子展 インタートラベラー 神話と遊ぶ人」「皇室の名宝―日本美の華―(1期)」に関しては既にこの日記内に書いたので、ここではそれ以外のものについて簡単に感想を記しておく。


1位の齋鹿逸郎展は最近では他に比するものが記憶のなかに見付からぬほど群を抜いて「帰ろうとしても根が生えたかのように絵の前からまったく足が動かない」展覧会だった。そしてこの展覧会の衝撃は今後何年かに渡ってジワジワと効いてきそうな予感がする。目黒区美術館における「線の迷宮」展でのアノ展示が、実は齋鹿の画業の「ほんのごく一部」でしかなかったということを小規模ながらもよく伝えていた好展覧会だった。しかしこれほどの作家が「マイナー」だったとは、「現代美術史」なんてものがいかに少人数の限られた人間の限られた見識によってしか作られ得ないということを思い知らされた気がした。

4位の「アロイーズ展」は、「アウトサイダー・アートの巨匠」のなかでは比較的関心の薄かったこの作家に対する俺の認識を完全に塗り替えた展覧会だった。アロイーズの作品がダーガーなどに比べて「展示向き」だとわかったのも収穫。過去に同じワタリウム美術館や原美術館で開催されたダーガー展では、清新なホワイトキューブ内にアクリル板に挟まれる形で展示されたダーガーの絵の「見栄えのしなさ」に大いに戸惑いを覚えたものだが、アロイーズの場合はそのようなことは一切なかった。おそらくダーガーは自分の絵の最終アウトプットとして本の形式を想定していたのだろう(だから展示よりも印刷された画集のほうが良く見える)。ではいったいアロイーズはどのような「最終形式」を目指していたのだろうか? 想像すると面白い。

6位の「建物のカケラ」は朝ラジオ聞きながら仕事していたらやたら情熱を込めて「荒川鉄橋の錆」について熱く語っている人がいたので、仕事の手を止めて検索して見つけた展覧会。建物のカケラの魅力に憑かれた一コレクターと、それに過剰に思い入れた学芸員(ラジオで熱く語っていた人。会場でも熱く語っていたw)による夢のような展覧会。東京の建築物を地域別に部屋の中央に並べた展示などは、まるで大地震や世界戦争のあとに滅んでしまった古の東京の残滓を見ているかのような錯覚に陥った。あるいは都市というものが固定的なものではなく、絶えず「脱皮」を繰り返しつつ成長していくことも、これらの「脱皮した皮のカケラ」から、リアルに感じることが出来る。深い読み込みもツッコミどころも満載な展覧会だったが、でも単純にここに集められたカケラたちは、そんじょそこらの「現代アート」よりも、ずっとずっとずっと美しいのだった。

7位の「国宝 阿修羅展」は大宣伝のアザトサとかが癇に障り斜に構えて見に行ったのだが、結果的には大いに楽しんでしまった。全方向から照射した阿修羅像への大胆なライティングも見事! 展示だけで極上エンタテイメントが実現できることを証明した展覧会。

9位の「岸田劉生」展は、肖像画以外は展示しないという引き算の方程式が、見事にプラスに働いた好企画。風景画や静物画の代表作が展示されていなくとも、今まで見たどの劉生展よりも劉生の全体像に近付けた気がした。


次点の「ビデオを待ちながら」は、映像作品だけを集めた展覧会としては画期的と言っていいほど「見易い」展覧会だった。ひとつの映像作品を見ている間も、周囲の二、三作の作品を視界内でチェックできるよう配置するなど、配慮の行き届いた展示でまったく観賞にストレスを感じなかった。こと展示に関しては、今後の映像を扱う美術展のメルクマールになるのではないだろうか? 60-70年代の古典的な映像作品と今日の作家の作品の対比も、違和感なくはまっていて面白かった。

「躍動する魂のきらめき」は、展示もカタログも非常に良く出来た展覧会だったが、テーマが野心的すぎて逆に印象が薄まってしまった感がある。正直ここまで「表現主義」の枠組みを広げてしまっては、もはやその枠組み自体無効になってしまうのではないか?という疑問はどうしても拭いきれなかった。しかし何故かこういう内容のある骨太な展覧会は東京には巡回しないんだよな・・・。

「画家の眼差し、レンズの眼」はテーマ自体はそれほど斬新でも目新しくもないのだが、実際にモノがそこにあることによってここまで説得力が増すのか!ということを印象付けられた好展覧会だった。同じ内容を例えば本の図版などで見たとしても、ここまでの説得力は得られなかっただろう。ピクトリアリズムの写真と水彩画を混在させて並べた展示など、展示者のセンスが光った展覧会だった。

「小林達也作品展 立って 歩く」はたまたま見付けた好個展。抽象絵画なのだが、いわゆる頭デッカチのフォーマリズム系絵画ではなく、かと言って昨今の「なにも悩むことなく絵を描ける世代」の絵画ともまた違う。「立ち位置」の定め辛い絵であるのは確かなのだが、でもその画面は純粋「描く」喜びと「見る」喜びに満ち溢れていて、見ていてまったく飽きが来ない。壁いっぱいの大作も、ちょっとシュヴィッタースのコラージュを想起させる小品もどちらも味があり、展示のセンスも良い。こういう作家がもっとクローズアップされるようになれば「アートシーン」ももう少しマシなものになると思うのだが・・・。

「小野木学−ナヤミノタネ」は、死の直前の数ヶ月間に描いたパステル画だけで会場の半分を占めるという大胆な構成が、見事にはまった展覧会。絵自体もいいのだが、絵に付せられたタイトルがさらにいい。「上手さ」の種別はちょっと異なるが、ある意味クレーに匹敵するくらいの絶妙さ。

「医学と芸術展」は、どれが芸術作品でどれが医学資料なのかゼンゼンわからないクソミソ一緒なゴタマゼ展示が最大限の効果を発揮していた好展覧会。真面目なのか不謹慎なのかよくワカラナイところが、実は「医学」や「芸術」の本質を深く射抜いている。


今年は他にも
・「マーク・ロスコ 瞑想する絵画」川村記念美術館(2-6月)
・「パウル・クレー 東洋への夢」千葉市美術館(5-6月) HP
・「ルオーの祈り 絵画と版画」町田市立国際版画美術館(4-6月)
・「岡本太郎の絵画(特に前期の太郎千恵蔵VS岡本太郎)」川崎市岡本太郎美術館(4-9月)
・「日本のシュルレアリスム 幻惑の板橋〜近現代編〜」板橋区立美術館(5-6月) HP
・「昭和少年SF大図鑑 展 S20〜40'ぼくたちの未来予想図」弥生美術館(7-9月 )HP
・「北島敬三 1975-1991 ゴザ/東京/ニューヨーク/東欧/ソ連」東京都写真美術館(8-10月 )HP
・「旅 第3部 異邦へ」東京都写真美術館(9-11月)HP
・「内藤礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している」神奈川県立近代美術館鎌倉(11-1月) HP
・「没後90年 村山槐多 ガランスの悦楽」渋谷区立松涛美術館(12-1月) HP
・「ヴェルナー・パントン展」東京オペラシティアートギャラリー(10-12月) HP
・「日常/場違い」神奈川県民ホールギャラリー(12-2月) HP
・「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」東京都写真美術館(11-2月) HP
・・・などが印象深かった。

正直これほどベスト10候補の多かった年も珍しい^^;

posted by 3 at 20:38| 日記