2013年11月04日

異世界のコード

 先日、個展開催のため上海へ四泊五日の旅へ出掛けてきた。上海へ行くのはこれで三度目だが全く慣れない。そもそも言葉がわからない。事前ににわか勉強で仕込んだ中国語は勿論、英語までも犬並み以下のレベルまで低下してしまい「ワン(one)」の一言すら出てこない始末だ。
 右も左も分からぬ土地で言葉ができないものだから、一人では何もできないしどこにも行けない。会う相手会う相手に当惑と諦めと侮蔑の混ざった冷ややかな視線を投げかけられ、卑屈な笑みでひたすら「謝謝、謝謝」を連発しながらホテルのドアマンからタクシーの運転手、コンビニのレジ係に到るまであらゆる人に頭を下げ続け、なんとか滞在期間を乗り切った。個展開催の疲労も追い打ちをかけ、つくづく自分自身が嫌になった旅であった。
 しかし見知らぬ土地で感じる疎外感や、言葉や勝手がわからないことによって何もできなくなってしまう無能感は、実は自分にとってさほど目新しいものではない。程度の差こそあれ、それは普段の生活のなかにも存在しているものなのだ。

 たとえば自分は未だに見知らぬ店に入るのが苦手である。外出の際の飲食は可能な限り勝手の分かるチェーン店で済ましてしまう。
 知らない店に入らないのは「流儀」がわからないことを恐れるからだ。飲食店における会計や注文のシステムなどたいていは似たようなものだが、そのちょっとした差異がわからず「間違った行動」を取ってしまうことを厭うのである。
 もちろん初めて入った店で注文の仕方を間違えたくらいで、たいしたことは起こらない。一瞬恥ずかしい思いをするだけでそれで終わりである。もちろんそれは理解している。しかし多かれ少なかれ人はこうした些細な「流儀(コード)」を踏み外すことを恐れるものではないだろうか。
 そのもっともわかりやすい例が「ドレスコード」だろう。結婚式やパーティに招待されたとき、ドレスコードを理解せずに自分ひとりが間違った服装で出席してしまうのではないかという「恐怖」ならば共感する人も多いのではないか。

 流儀がわからぬのであれば口頭で尋ねればよい、と思われるかもしれない。確かにその通りだ。言葉とはそのためにあるのだから。
 しかし言葉によるコミュニケーションは、それ自体が最高難度のコードでもあるのだ。つまり言葉によるコミュニケーションを選択した時点で、場のコードを踏み外す確率はぐんと上がってしまうのである。
 だから自分のように言語コミュニケーションが不得手な人間は、言葉によるやり取りの不用な画一的なシステムのチェーン店のような店へとへとついつい足が向いてしまうのだ。コードの複雑化が失語化に繋がるという構図は、現代社会における典型的な症候でもあるだろう。

 なぜ我々はコードを踏み外すことをかくも恐れるのか? それはコードから外れた者は、その場においては徹底的に異物として扱われるからであろう。コードを解さぬ者は「笑いもの」にされ、「仲間」と見做されなくなる。場のコードとは異物をはじき出しコミュニティの構成員間の結束をはかるためにこそ必要とされるのである。つまりコードは<余所者>の存在を浮かび上がらせるために存在するものなのだ。
 即ち<余所者>とは場のコードを解さぬ者のことなのである。我々が些細な日常の流儀を「間違える」ことを過剰に恐れるのは、メンバー失格の烙印を押され<余所者>と見做されることへの恐怖なのだ。その不安こそが、共同体内におけるコードの存在を可能にするのである。

 協調性というものを絶望的に持ち合わせない自分の場合、基本的にどこに行っても自分のことを<余所者>であると感じてしまい、たいていコミュニティ内では「浮いた」ポジションにしかいられない(ちなみにそれは自分自身についてだけでなく、自分の作品にも当て嵌まるように思う)。おそらくそれはコードそのものの存在を忌み嫌う性格とも無縁ではないだろう。
 コードに対する嫌悪への自覚は覚えている限り高校生くらいの頃から始まっていて、「<式>と名の付くものには一切出ない」と決意して高校の卒業式を欠席して以来、コードによる拘束がもっとも顕在化する冠婚葬祭の式典やフォーマルな社交の場からは現在に到るまで可能な限り逃げ続けている。
 しかし当然ながらそんなものは子どもじみた反抗でしかない。我々はこの世界に生きる限り、決してコードの網の目から逃れることができないからだ。

 そもそも問題は、この世界が表象されたものだけで価値付けがなされる場であることにこそある。人は表象されたものからしか、そのものの意味や価値を判断することができないのだ。
 逆に言えば、あらゆる表象にはなんらかの価値判断を伴うコードが適用されるということでもある。服装、髪型、話し方、目付き、しぐさ、持ち物、交友関係、肩書き、容貌、体型、家族構成、生活パターン、etc。それらの無数のコードによって、人は強制的にカテゴライズされる運命にある。それを逃れることは不可能に近い。

 表象されたものが全てとされる世界において、<余所者>が取るべき道は二つある。すなわち、場のコードの習熟に努めそのなかで自分のイメージを確立していくか、あるいは徹底的に<余所者>としての孤独を選ぶか、である。
 前者の道をあきらめ後者を選択した場合、コードを踏み外すことを恐れるあまり何もできず何も言えずの状態でいるのならば、それは社会的に死んでいるのと同じだろう。先日の上海滞在時の自分のように、勝手のわからぬ場所で、言葉も通じぬまま、ウスノロ同然の扱いをも甘受する。しかし自分はそのような生き方には耐えられない。

 ならば<余所者>がそこで取るべきは、この世界のコードとは違った、異世界のコードで叫ぶことではないだろうか。自分にとって「表現」とはそのような意味を持つ。
 自分が考える「芸術」という概念の本来の意味もそれと同じだ。つまりそれは異世界のコードなのである。表象されぬものは無とされる世界にて、この世のコードでは表せぬものを表現するための手段なのだ。

 しかし周知の通り現在では「芸術」はそれ自体がジャンル化し、この世界のなかで固定的な価値を持つに到っている。つまり「芸術」内においても、場のコードを解さぬ者は<余所者>として排除されるのだ。この世界のコードを逸脱するものであるはずの「芸術」がコードによって規定されるのだとすれば、それは皮肉以外のなにものでもないだろう。
 もし芸術がそのようなものであるならば、「芸術」であることは自分にとって何の意味も持たない。それよりも重要なのは<余所者>であることのほうなのだ。
 だから自分がやるべきことは、むしろ既存のコードによってカテゴライズされることに全力で抵抗し続けることなのだろう。この世を支配するコードとは全く違う異世界のコードで、自分の存在を孤独に叫ぶこと。いつかは「神」なる存在が定めたこの世界そのものを成り立たせているコードすらも覆さんと夢見ながら、この世界のコードを乱すこと。

 それが自分が絵を描く理由であり、世界に対する<余所者>からのささやかな復讐なのである。
posted by 3 at 10:30| 日記

2013年07月22日

National identity as a difference

I went to see the exhibition that was titled "All You Need Is LOVE: From Chagall to Kusama and Hatsune Miku" at Mori Art Museum. The theme of the exhibition was "LOVE".
Of course, since LOVE is too complicated, I was not able to touch the essence of LOVE at the exhibition. However, I was able to see some interesting works there.

The work that I got interested most was Adel Abidin's "52 Guaranteed Affection". It was a two channel video installation. Abidin is an Iraqi artist and lives and works in Finland.
In the video, Abidin was telling the concrete method of keeping affection of women certainly. Because the method he told was so practical, as a result, it disclosed shallowness of LOVE. And it also became the irony to the exhibition which featured the theme of LOVE held in Mori Art Museum that is famous place as date spot.

Adel Abidin also joined the "Arab Express" exhibition which was held at Mori Art Museum last year. It was said that the exhibition was the first exhibition which introduced contemporary art of the Arab world to Japan.
I felt that the exhibition was interesting. However, some critics criticized it. They said that the works in the exhibition had the tendency to Western-style too much. They said they wanted to see the works in the original Arabic style.
I thought the criticism was an irrelevant. It is an old-fashion and a stereotype. The style is already standard. It is a base. We can see the racial originality as a difference on the base. It was what we should see at the exhibition. In other words it is the diversity in the global age.

Abidin displayed the work titled "I'm Sorry" in Arab Express exhibition. It was the work which was made with the words "I AM SORRY" of a light box. The words were that he was said frequently in the U.S. after he mentioned that he was Iraqi because it was the time when the U.S. was just attacking Iraq.
The style of the work is obviously in the Western contemporary art, and those words are English. However, the most important thing of this work is the fact that he is not a native. The words of "I AM SORRY" take on a new aspect when we know the fact.

I think that the language also has an important meaning in "52 Guaranteed Affection". Abidin tells the universal rule of a woman's mind in the video. In that case, I think that it is important that he speaks it with English with the pronunciation that is not a native.
If he speaks it in Arabic or if an American speaks it in native English, we will be swayed too much by their cultural identity. When we are influenced by his nationality, what he says may sound like other people's affairs.
His non-native English takes him on a neutral position. As a result, he takes the role such as the mirror to reflect the cultural identities of our own on.
For example, he says that men must praise the hairstyle of women. It is an old trick to please a woman. However, in a country of Islam, it may not be common sense. The reason is because in those country, women are forbidden to show their hair in public by religious precepts. When we notice it, we look at our own culture differently.
He also advises that a man must not force blow job and anal sex on a woman. It is a matter of course, but it also reveals subtle differences of religion and culture of the audience.
Because the topic that he tells is the universal rule and the stereotyped view of women, like "a woman is a woman", it can reveal the cultural difference of the viewers. And I want to emphasize the point that it becomes possible because he talks with the non-native language.

In other words, Abidin acted as an outsider in his works. It is very important point. The reason is because it gives an important suggestion in thinking about the problems in the world today.

One of the problems in the world today is rise of nationalism. It became remarkable also in Japan in recent years.
Nationalism is a kind of LOVE. However, it is distorted one.
Anyone love their own country. However, it does not have to lead to excluding outsiders. To love one's country is quite different from to hate foreigners.

Nationalism has the effect to unite the nation.
I think that the earthquake disaster of the year before last was influential in rising of the nationalism in recent Japan. At that time, we realized that there was a difficult matter that we could not get over without the nation uniting.
Some would think that nationalism was necessary to get over the problems.
A sense of crisis urges on nationalism.

However, nationalism is easy to be exploited by politics. And it leads to the hatred to foreigners. Some might think that the hatred to enemies lets nations unite.
The nationalism tends to take their identity from the history. They glorify their history and try to raise their pride. It has a problem to be easy to become self-righteous. And it stirs up hatred of others.

Under such situation, I think that the matter which the Abidin's work and the Arab Express exhibition suggested gets an important meaning.
They suggested the national identity as a difference. It depends not on the history but on a difference. It does not exclude others. That is because it needs them. The identity is made by others. It is realized by the eyes of outsiders.

I consider that it is the identity that we have unconsciously. It does not need the hatred to others. The reason is because we cannot notice the existence of it without them.



"All You Need Is LOVE: From Chagall to Kusama and Hatsune Miku"
Mori Art Museum(April 26 - September 1 2013)
http://www.mori.art.museum/english/contents/love/about/index.html

"Arab Express: The Latest Art from the Arab World"
Mori Art Museum(June 16 - October 28 2012)
http://www.mori.art.museum/english/contents/arab_express/index.html

posted by 3 at 21:34| Diary

差異としてのナショナル・アイデンティティ

 言葉にすると消えてしまうものがある。たとえば愛がそうだろう。「愛している」と口にした瞬間、嘘になる愛がある。それを口にした後では、密かに胸に秘めていたときとは愛の状態が変質してしまうからだ。
 その反面、言葉にし続けていないと消えてしまう愛もある。「愛している」と言い続けることで、辛うじてかたちを保つような愛だ。
 この二つは決して矛盾していない。愛がそれだけ繊細かつ複雑な存在であることの証なのだ。目に見えないものは言葉でその存在を表すしかない。しかし言葉にすることで消えてしまうものもある。愛と言葉の関係の複雑さは、愛という存在の不確かさを表している。
 不確かだが、確かにそこにあるもの。それこそが「愛」の本質なのではないだろうか。


 森美術館で開催されている「LOVE展:アートにみる愛のかたち」を見てきた。そもそも「愛」をテーマにした作品を集めた企画展のタイトルが「LOVE展」という時点で、「愛」が持つ言葉との関係の繊細さは消え失せている。案の定そこで使用される「愛」という言葉は観念的な記号の域を出るものではなかった。
 とは言え、無節操に集められた大量の作品のなかに、見るべきものがなかったわけではない。
 自分がとくに興味深く見たのはアーデル・アービディーンという作家の《愛を確実にする52の方法》という作品だ。ピンク色の背景を背に座った作者が世の男性に向けて女心を射止めるための実践法を真面目な顔をして語るという映像インスタレーション。
 語られる内容は、彼女の髪型を誉めろとか、誕生日じゃなくてもプレゼントを小まめに贈れとか、彼女の意見には逆らうなとか、アナル・セックスを強要するなとか、こまごまとしたハウツーネタばかり。確かにそれは彼女の気持ちを繋ぎとめ恋愛を平穏無事に維持するための必要なテクニックであるとも言えるが、同時にそのなかに潜む偏見に満ちたステレオタイプな女性観と相手の機嫌取りだけを目的としたような実用的すぎる内容が「愛」の皮相性も露わにする。

 アーデル・アービディーンは、同じ森美術館で昨年開催された「アラブ・エクスプレス展」にも出品していた作家だ。アラブ圏の現代美術を紹介する大規模展としては日本初という同展覧会は、個人的にはとても興味深い内容だった。
 しかしこの展覧会に対しては、批判もあった。集められた作品が欧米基準の「現代美術」の形式に偏りすぎていると言うのだ。
 自分はその批判は的外れに感じた。というのも、それはこの展覧会の「前提」だったからである。つまり「切り口」なのだ。欧米基準の洗練された「現代美術」ではなく、グローバル化の暴力に抗しそこから逃れえた地域独自の表現をこそ見たいというのがその批判の主旨だったのだが、このような展覧会に対してその種の作品の欠落を探す視線のほうに、むしろ自分はグローバル化の呪縛を感じてしまった。例えてみれば、日本のバンドが出演するロックフェスやヒップホップのイベントに行って雅楽や演歌がないと文句を付けるようなものなのである。
 自分がアラブ・エクスプレス展を興味深く見たのは、グローバル化の果てに「汎用」となった現代美術という形式を通して、そのなかでこそ露わになる「同時代としてのアラブ」を見せようとしていたからなのだ。グローバル化の波に対抗するのではなく、その現実を「前提」として受け入れた上で、その先にある可能性をこそ探る展覧会だったのである。
 そこでは「アラブ」は見知らぬ異境ではなく、我々と同じ同時代の人々が生きる世界として提示されていた。その結果として、彼らは我々自身の社会を映す鏡としても機能していたのだ。それは現代の世界において真に見るべき「多様性」のかたちでもあった。

 アラブ・エクスプレス展に出品されたアービディーンの作品は、カラフルな電飾付きのライトボックスでできた《アイム・ソーリー》という作品だった。ライトボックスの表面には"I AM SORRY"の文字が大きく印字されている。言葉の意味と電飾によるド派手な体裁のギャップが笑いを誘うが、もともとはイラク出身のアービディーンが対イラク戦争中のアメリカを旅行した際に現地の人たちから頻繁にかけられた言葉なのだという。
 使用されている言語は英語であり、形式も紛れもない欧米基準の「現代美術」のスタイルだが、この作品の肝は作者が「余所者(イラク人)」であることにある。なぜならばこの作品における"I AM SORRY"のフレーズは、英語圏の「外側」から見た視点で(を)表現されて(して)いるからだ。

 LOVE展に出品された《愛を確実にする52の方法》も「言葉」が大きな意味を持つ作品である。自分がもっとも印象に残ったのは、ビデオの中で作者が話す「ネイティブではない英語」だった。
 「ネイティブではない英語」であることによる効果はいくつか挙げられる。たとえばそれは作者がこの話をどのような態度で語っているか受け手に悟らせないような働きをしている。どのくらい心を籠めて話しているのか、どの程度真面目なのか、「演技」の度合いが図りづらくなっているのだ。つまりここでは「ネイティブではない英語」が、話し手の心の内を読ませないための仮面のような役割を担っているのである。
 さらに重要なのは「ネイティブではない英語」で語ることが、語り手の文化属性を曖昧にしていることだ。たとえばこれがアラビア語で語られたり、あるいはアメリカ人がネイティブの英語で語ったりするのであれば、語り手の国籍や民族が強調されてしまうだろう。その場合、聞き手にとって彼の語る話が「他人事」のように聞こえてしまう恐れがある。
 しかしイラク生れでフィンランド在住のアービディーンが「ネイティブではない英語」で語るとき、そこで炙りだされるのはむしろ聞き手の側の文化属性なのだ。
 アービディーンがビデオのなかで語るのは「万国共通」の女心である。国や民族が変わっても「女とは所詮こんなもの」といったステレオタイプな価値観が話の主軸となっている。しかし語られる内容が実用性に偏った具体的な事柄でありすぎるが故に、それは聞き手の側にある文化属性の違いをも炙りだすことになるのだ。
 たとえばアービディーンは女性の髪型を誉めろと忠告する。それ自体は女性の気を引くための古典的なテクニックであり、とくに珍しいものではない。しかしもしこの作品が展示されるのがイスラームの戒律が厳格な国ならばどうか。公の場で女性が髪の毛を露出させることを禁じている国では「彼女の髪型を誉めろ」というアドバイスは、皮肉を通り越して政治的な発言にさえもなるだろう。あるい口や肛門でのセックスを強要してはいけないなどといった話も、聞く側の宗教観や文化性の違いなどによって受け取る印象はかなり異なるものになるかもしれない。
 性差に基づく「万国共通」の話題だと思って聞いていた話に含まれる地域的、文化的、民族的、個体的な偏差に気付くとき、我々は自分自身が持つ「属性」についても思い至るのである。その気付きを誘発するものこそが、彼の「ネイティブではない英語」の発音なのだ。

 つまりこの作品においても、アービディーンは「余所者」としての役割を果たしているのである。それは受け手自身の文化的な属性を写し出すための鏡のような存在なのだ。
 そしてこのことは、今後の世界を考えるにあたって重要な示唆を含んでいるようにも思えるのである。


現在世界が抱える問題のひとつとして、ナショナリズムの台頭が挙げられる。それはここ日本においても例外ではない。
 「愛国心」もまた、愛の一種である。日本では最近、「愛国心」をめぐる状況がざわついている。憲法に国民の義務として書き込もうなどという話まで持ち上がっているほどだ。
 「愛」をめぐるひとつの真理として、それが安定して存在するときは言葉にされることはなく、危機にあるときほど言葉によってその存在が確認されるという傾向が挙げられる。愛の存在を疑い、その喪失を危ぶむものほど、言葉による愛の表明を求めるのだ。
 「愛国心」にも同じことが言えるのではないだろうか。それが声高に叫ばれるときは、決まって危機の時代なのである。
 しかし「愛」をめぐるもうひとつの真理として、強要されると冷めるという法則がある。本来愛は他人から強要されてするものではない。それは自発的に起こってこそ意味があるのだ。ましてや法律に明記して「愛させよう」とするなど、筋違いもいいところである。

 しかし国に対する「愛」を法律に書き込んでまでも強要しようとする側の気持ちも、実はわからないではないのだ。とくに一昨年の大震災を経験したものならば、国のような巨大な単位で多くの人々が気持ちを一つにしない限り乗り切れない難事がこの世には存在することを思い知ったはずだ。そしてそのとき起こった原発事故は未だ収束の見込みすら見えず、次なる巨大地震もいつ起こるか予断を許さぬ状況にあるという。それらの危機感が国を一つに結束させようと、早急な「愛国心」の強制へ向かったとしても不思議ではない。

 ただ問題は、それが「愛」に関わる問題であることなのだ。つまり愛は本来、他人から強要されるものではない。強要されると、むしろ冷める。声高に叫ぶと消えてしまう。為政者が「愛国」を煽れば煽るほど、それは人々のあいだに亀裂も生む。
 早急な愛国心の強制が、排他的なナショナリズムを生むという懸念もある。海外では既に移民の排斥などが大きな社会問題となっているが、何年か前までは日本では縁遠く感じられていたその話題も、最近では俄かに他人事とは思えぬきな臭い空気に変わってきている。
 過度な自国礼賛と異質なものの排斥はセットになっている。異質な「敵」への憎しみが、同質な者同士の連帯を固めるからだ。しかし「敵」への憎しみをもとに作られた「愛国心」は、実は劣等感の裏返しとしての自己愛に他ならない。

 自己愛としてのナショナリズムは、過去にこそそのルーツを求める。過去を美化し、それを自尊心の拠り所としようとする。しかし当然それは独善に陥りやすく、異なる歴史を持った他者との摩擦も呼ぶ。
 「日本人は自信を失っている」という言葉を最近よく聞く。頓に多用しているのは首相を筆頭とする時の政治家たちである。日本人が「自信を取り戻す」ために、経済成長を、軍備の強化を、「美しい国」をというのが、彼らの言い分なのだろう。しかしそれもまた劣等感を裏返した自己愛の一種なのである。自信がなければ、自分の国を愛せないとでも言わんばかりだ。

 そもそも経済大国だったり、強かったり、美しかったりしなければ自分の国を愛せないような「愛」は、愛としては「安い」のである。どんなに零落れていようと、弱かろうと、醜くかろうと、それでも揺るがない愛こそが本当の「愛」ではないのか。
 そしてそれは強いて言葉で表されずとも、誰しもが心のなかで持っているはずのものなのである。どんなに自分の国に失望しようとも最終的には見捨てることができない、自己と不可分になってしまうくらい深く身に沁みこんだ「愛」。それを言葉にすれば「自分の国を愛さないものはいない」といった平凡な表現にしかならないのだけれど。

 熱狂ではなく、沈黙のなかにこそある静かな「愛」。あまりにも穏やかにそこにあるので、本人さえも気付かぬほどに深い「愛」。
 そのような「言葉にされることのない愛」は見えにくい。数値や、シンボルによって表される「愛」に比べれば、あるかないかも気付かぬくらいに地味なものである。
 しかし本当の危機の際に力を発揮するのは、他人から押し付けられたものではない、そうした誰もが心のなかにひっそりと持っている言葉にはならない「愛」のほうではないだろうか。

 一昨年の震災のとき、世界から賞賛されたのは壊滅的な状況下においても略奪に走ることなく、秩序を守りじっと困難を耐え抜く日本人の「国民性」だった。それはGDPの大きさや、科学技術の先進性や、富士山の世界遺産指定や、「クール・ジャパン」云々なんかよりも、よっぽど日本人が世界に誇れるものなのだ。
 しかしそのような「国民性」は、当事者自身には当たり前すぎて気付かれないものである。いや、気付かれないからこそそれは「美徳」たりえるのだし、「愛」としても機能するのだろう。

 つまり、それは無意識の領域にこそ存在するアイデンティティなのである。他人から強要されたり、あるいは自ら意志的に選択するものではなく、もともと自分のなかにあったものを外から「気付かされる」種類のアイデンティティなのだ。
 そしてそれを「気付かせる」存在こそが、アービディーンのような「余所者」なのである。異なる資質を持った人間の存在によって、初めてそれは可視化されるのだ。

 アービディーンの作品やアラブ・エクスプレス展が示唆していたのは、歴史ではなく差異にこそ根拠する「国民性」や「民族性」だった。そこでは異質な人種は排斥されるのではなく、むしろ共同体のアイデンティティを可視化するために必要とされる存在なのだ。
 今後の世界が向かうべき方向を考えるとき、これはひとつの指標になるだろう。



「LOVE展:アートにみる愛のかたち」
森美術館(2013年4月26日〜9月1日)
http://www.mori.art.museum/contents/love

「アラブ・エクスプレス展:アラブ美術の今を知る」
森美術館(2012年6月16日〜10月28日)
http://www.mori.art.museum/contents/arab_express

posted by 3 at 21:29| 日記

2013年05月15日

A 1-yen coin

I bought a 1 yen coin for 10,000 yen recently. The 1 yen coin was a work of a certain artist, and I bought it at his latest private exhibition.
The artist is Leonardo da Vinci. No, he is former Leonardo da Vinci. He had stopped being Leonardo and calls himself the different name now. He says that he has been living more than 500 years.

He sold not only a 1 yen coin but also the land of heaven at the exhibition. He said that he owns very large land in heaven. According to him, the land is very rich and beautiful. He advised that you would spend wonderful days when you went to heaven after death if you buy the land. He put up the land for sale out of necessity, because his current life is needy. He also said that he would surely have to go to another place after his death.

The price of the land of heaven was 500,000-1,500,000 yen. It is a special low price if his story is true.
However, will there be the market price of the land of heaven?
Which is more stupid, a person who buy a 1 yen coin for 10,000 yen or a person who buy land of heaven for 500,000 yen?

The 1 yen coin that I bought is a normal 1 yen coin not a special one. In other words it is a ready-made 1 yen coin.
It is Marcel Duchamp that has invented the concept of ready-made in the art history. (According to the artist who is former Leonardo da Vinci, Marcel Duchamp may have been living in several hundred years with the different names like him.)
When Marcel Duchamp signed "R. Mutt" on a urinal and titled it "Fountain", the history of art was overturned. If you see the urinal as an art work, you have to give up all the concept about fine arts which you believed till then. It was a great incident in the art history.

I thought the private exhibition of former Leonardo da Vinci was a great event equal to it. He overturned not only the art history but also economy system and structure of this world by reading his own existence with the different context.
My ideas for sense of economy and art works have changed by buying a 1 yen coin for 10,000 yen.
If you believe the story of "former Leonardo da Vinci" and "the land of heaven" even a little, your conventional image about this world will collapse.

The official title of the work which I bought is 《1-Yen Coin: Size of the earth which became the black hole》.
I cannot stop myself paying attention to 1 yen coins everywhere since I bought this work. I can see an every 1 yen coin as 10,000 yen and the earth which became the black hole. A 1 yen coin had turned over the universe of mine.
And I cannot go back to the world where a 1 yen coin was only a 1 yen coin anymore like the artist cannot go back to heaven.



1 yen coin.jpg



"Satoshi Hashimoto : I was Leonardo da Vinci. I sell my soul. I sell heaven."
AOYAMA | MEGURO (April 6 - May 4, 2013)
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1円硬貨

一ドルが百円を突破したと世間では騒いでいるが、私はこのあいだ一円玉一枚を一万円で購入した。その一円玉はある芸術家の作品で、彼の最新の個展で買ったのだ。
その芸術家とはレオナルド・ダ・ヴィンチである。いや、元レオナルド・ダ・ヴィンチだ。彼は現在ではダ・ヴィンチであることを辞め、違う名前を名乗っている。彼はダ・ヴィンチであった頃から数えて、既に五百年以上の年月を生きているのだという。

元ダ・ヴィンチのその作家は個展で一円玉だけではなく天国の土地も売っていた。彼は天国に広大な土地を所有しているのだという。彼の弁によればそれはとても風光明媚かつ資源豊かな素晴らしい土地で、死後に天国に行ったとき、その土地を所有していれば絶対困らないだろうということだ。彼は現在の生活が困窮しているため、やむを得ずそれらの土地を売りに出したのである。なぜなら死後の自分はきっと別のところに行くことになるだろうから、と彼は言う。

天国の土地の値段は五十〜百五十万円だった。その話が本当ならば破格の安さである。
しかしそもそも「天国の土地」に相場などあるのだろうか?
天国の土地を五十万円で購入するのと、一円玉を一万円で買うのでは、どちらがより阿呆なのだろう?

私が買った一円玉は、とくに特別な加工がされているわけでもないどこにでもある普通の一円硬貨である。つまりこれはレディ・メイドの一円玉なのだ。
美術の世界にレディ・メイドなる概念を持ち込んだのはマルセル・デュシャンである(ちなみに元ダ・ヴィンチによると、デュシャンも彼と同じ境遇、つまり天国からやって来て複数の名前で何百年も生き続けている可能性があるのだという)。
デュシャンが市販の便器に署名をし《泉》と題して展覧会に出品したとき、それまで信じられてきた「芸術」の概念は根底から覆されてしまった。何の変哲もないその便器が「作品」として認識された瞬間より、「美術」の歴史は新たなフェーズへと突入したのだ。

私が見た元レオナルド・ダ・ヴィンチの個展も、それに匹敵するような「卓袱台返し」だった。いや、規模で言えばデュシャンを遥かに凌駕している。元ダ・ヴィンチの彼は自分自身の存在をも「読み替える」ことによって、美術史だけでなく、経済の仕組みや、果てはこの世界の存在そのものまでも揺るがそうとしていたからだ。
私が買った一円玉は一円の価値しかないただの一円玉である。しかしそれを作品として一万円で買うことで、私がそれまで持っていた経済観念や「美術」や「作品」に対する認識は変わってしまった。もし「元レオナルド・ダ・ヴィンチ」や「天国の土地」の話を僅かでも受け入れるなら、これまで「この世界」について抱いていた固定観念は音を立てて崩れていくだろう。

私が買った作品の正式なタイトルは《1円硬貨:地球がブラックホールになった時のサイズ》という。
この作品を購入して以来、道端に落ちている一円玉や釣銭で貰う一円玉が気にかかってしかたがない。私の目にはそれは一万円にも、あるいはブラックホールになった地球にも見えるのだ。一円玉一枚で、私の「宇宙」は大きく反転してしまったのである。

そして元ダ・ヴィンチが天国に戻れないように、私はもう一円玉が一円玉でしかなかった世界には戻れないのだ。



1 yen coin.jpg



「橋本聡 : 私はレオナルド・ダ・ヴィンチでした。魂を売ります。天国を売ります。」
青山|目黒(2013年4月6日〜5月4日)
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2012年12月30日

2012年俺的展覧会TOP10

客観性をマッタク考慮せず自分がどれだけ感銘を受けたかだけを基準に選んだ、即ち「日記(年記?)」としての今年見た展覧会TOP10。


1位:「工房集作品展 生きるための表現」東京都美術館(9月)
2位:「田代一倫写真展 はまゆりの頃に 2012年春」KULA PHOTO GALLERY(5〜6月)
3位:「シャルダン展」三菱一号館美術館(9〜'13年1月)
4位:「丹羽良徳 時代の反対語が可能性」AI KOWADA GALLERY(10〜11月)で見た映像作品《首相官邸前から富士山頂上までデモ行進する》
5位:「尊厳の芸術展」東京藝術大学大学美術館(11〜12月)
6位:USTREAMTwitterで視聴した「14の夕べ 橋本聡 偽名」東京国立近代美術館(9月) ※実際の展示は見ていない
7位:「村山知義の宇宙 すべての僕が沸騰する」世田谷美術館(7〜9月)
8位:「ゴヤ 光と影」国立西洋美術館('11年10〜1月)
9位:「モノミナヒカル展 佐藤慶次郎の振動するオブジェ」多摩美術大学美術館(11〜'13年1月)
10位:「内藤礼 地上はどんな場所だったか」ギャラリー小柳(10〜11月)

posted by 3 at 16:26| Comment(2) | 日記

2012年07月18日

"Walk in the opposite direction of a demonstration parade"

I saw the exhibition "Identity VIII - curated by Shihoko Iida-" at nca | nichido contemporary art the other day.
Shihoko Iida who is the director of the exhibition set the theme as "Embracing heterogeneity, affirming differences―Identity and Performance". The works of five artists were exhibited under the theme. It was a good exhibition.

Especially, I think that most impressive work was Yoshinori Niwa's "Walk in the Opposite Direction of a demonstration Parade (2011)".
It is the video work which filmed the performance of Niwa. The performance is simple. He walked to the opposite direction in the demonstration parade. The video filmed Niwa's walking from behind him.

I had seen Niwa's other works several times before, but I did not think that they were so interesting. His works tend to perform strange action contrary to a socially accepted idea. In the work I saw before, he purchased his own possessions in a shop.
The act itself may have infringed the social rules. However, I considered his act have followed the rule of the contemporary art. Because it seemed that his act has no necessity if it is not for Art. I thought that it was the weakest point of his work.

However, "Walk in the Opposite Direction of a demonstration Parade" is different. The reason he walked to the opposite direction in the demonstration parade was not for Art. It resulted from the demonstration parade.
The demonstration parade he walked to the opposite direction was the Anti-nuclear protests held in Shinjuku last year. Needless to say, it was held under the influence of the accident of Fukushima No. 1 nuclear power plant.
Niwa was telling the motive which he performed the act in the interview. He said that he thought that nuclear power plant promotion was not allowed, but he did not think that the demonstration parade would lead to the solution in question. He decided to walk in the opposite direction of a demonstration parade because he faced the problem which cannot take out an answer.

I can understand his explanation well. I also had the complicated thought about the demonstration parade. Of course, all the Japanese including me were frightened at nuclear danger at the time. However, this problem is not so simple. Unfortunately, a nuclear power plant disaster had already happened. The situation had changed a lot. We have to look for the way of living the world the nuclear power plant disaster has happened. We must think hard about the solution all together.

The exhibition curator Shihoko Iida said in the statement.

-Japan has long been described as a monoracial country and monocultural society. This suggests that the implications presented by the forgetting of history, a sense of political agency that seeks to vindicate a stable national identity, and a respect for individuals and the disparities that can be found within a single social unit have not been fully discussed in the public sphere. Up until now, Japan has been a society where it is possible to live without paying too much attention to the necessity for an educational system that would sharpen one’s sensitivity to the subtle differences between people that we encounter on a daily basis, a social tolerance that would accept these disparities, and practice discussing issues with people whose opinions diverge from one’s own without becoming critical of the other person. And yet it is obvious that this country now finds itself in the midst of a daily reality pressed up against a debate from which there seems to be no escape, faced with a question that has no single, correct answer.
This exhibition, which focuses on the theme of identity in the context of this contemporary Japan, seeks to embrace heterogeneity and affirm differences rather than questioning the uniformity of the self at an individual level.

…(omission)
They are propositions that will allow us to take the first tentative steps towards creating a society that embraces heterogeneity.

I agree with Iida sincerely. However, sadly I feel that the situation is going to the opposite direction from it in this country.
I see many arguments on Twitter every day. However, unfortunately, most arguments seem not to progress in the right direction. People who take each position are turning into fundamentalism, and the disagreement seems to be expanding rapidly. The communication among the persons with different opinions seems shut down completely.
As a result, I think that the arguments tend to shift from the original problem. We were sharing the same question in the beginning. However, people began to persist in ideology as the time passed.
Nobody knows the size of the true damage of the nuclear power plant disaster yet. Therefore, everybody has different view on the problem and the current situation. I consider that that has caused the intolerance to the difference of opinion.
But in fact, everybody must be worried about the same thing. We must not remove the people who have a different opinion as heterogeneity. Intolerant society to heterogeneity will make a big disaster again.
We must have a view that regards persons who have a different ideology as the same fellows. I think that the work of Niwa showed one hint of it.

As a consequence, Niwa showed the new viewpoint of the demonstration parade.
It is not a general viewpoint over "a demonstration." It is not also a subjective viewpoint of a participant in the demonstration. It is the objective viewpoint seen from the inner side of the demonstration parade.
It is not the act of Niwa which is most conspicuous in this work. It is the participants in the demonstration parade. Unlike other works, in this work, the act of Niwa played a part as the catalyst.

Then, how were the participants appeared in this work?
I have noticed that they were very quiet. Most people were walking without shouting. They were walking calmly as if they were taking a walk.
There were people of various ages. They were ordinary people who are not so much different from people walking on a street in holiday.

I have noticed that they are not different from me at all. I remembered that we all considered the same problem. I remembered that we were all faced with the same crisis. Even if the view is different, we are the company who live under the same situation. They are the same ordinary people as me.
Niwa's work showed that there was no big difference among us even if there is rupture which comes from the difference of ideology.

However, it was not only it that Niwa's work showed.
I said the act of Niwa was not most conspicuous thing in this work. There was a reason about it. Niwa's walking in the opposite direction of the demonstration parade was smoother than what I imagined.
I imagined that he would be beaten up by the participant. However, such a thing did not occur. There was also no person who shouted at him. There was also no person who frowned to him. There was even no person who glanced at him.
They who are the same ordinary persons as me were walking without noticing Niwa who walked in the opposite direction of the parade at all. All the people looked forward and were walking. They were walking forward and forward calmly as if there was no heterogeneity.

This is the most fearful point in this work.
And it overlaps with my anxiety about the situation that is happening now in this country.



「Identity VIII - curated by Shihoko Iida-」
nca | nichido contemporary art(2012年6月22日〜7月28日)
http://www.nca-g.com/exhibition/2012/identity_viii_-_curated_by_shihoko_iida-_1/en/

posted by 3 at 22:14| Diary

「デモ行進を逆走する」

nca | nichido contemporary artで見た「Identity VIII - curated by Shihoko Iida-」展が面白かった。昨年の「Identity VII」は出品作家に自分の好きなアーティストが多く含まれていたにもかかわらず展覧会としてはまとまりに欠けていまひとつ印象の薄い出来だったのだが、今年の展示は見え方が明快で展覧会として満足のできる内容だった。展示のテーマが明確だったこともおそらく功を奏していたのだろう。

なかでもとりわけ印象深かったのは丹羽良徳の作品《デモ行進を逆走する》(2011)だ。
作品の内容は単純である。昨年新宿で行われたデモ行進の真ん中を丹羽が人の流れに逆らってひたすら逆方向に向かって歩いていく様子を丹羽の背後に付いたカメラマンが撮影した10分ほどの映像作品だ。

丹羽の作品を自分は過去に何回か目にしたことがあるのだが、正直それほど関心を引くタイプの作家ではなかった。もっと踏み込んで言ってしまえば「面白くない」と思っていた。「面白くない」と思った理由もハッキリしていて、それは彼の作品が自分には非常に「優等生的」に見えたからなのだ。
たとえば今年の初め別の展覧会で見た彼の作品《自分の所有物を街で購入する》(2011)はこんな内容である。作者と思しき人物が自宅から出掛ける。そのとき冷蔵庫のなからオレンジを二個取り出し手提げに入れて持ち歩く。そしてスーパーに入ってそのオレンジを買い物籠に入れてレジに持って行き「購入」する。あるいは本屋で買った雑誌を「包装はいりません」と断り手に持ったまま店を出て、そのまままた違う本屋に入っていてその店のレジで自分がさっき購入した雑誌を再度「購入」する。
この作品を「面白い!」と言って評価する人もいるだろう。しかし、自分が「面白くない」と思うのは、その評価のされ方が作品を見てる時点でありありと想像できてしまうことなのである。画面の中から「貨幣経済がナンタラ〜カンタラ〜」といったお題目が直接聞こえてくるような気がしてしまうのだ。つまり社会通念を撹拌する「反社会的な行動」を行っているように見えて、実はそれが別の文脈(つまり「アート」)の規範に則った模範的な「正しい」行為のように見えてしまうところが「面白くない」最大の理由なのだ。典型的な「アート」っぽいインスタレーションのなかで上映されていたことも含めて「なんか“教科書通り”って感じだなぁ〜」というのがそのとき抱いた偽らざる感想だった。

では今回見た《デモ行進を逆走する》はどうだったのか?
たとえばこの作品がキュレーターの飯田志保子が言うように「均質化を促す見えない力に対する抵抗と、同調された場におけるアイデンティティの不在を批評的に映像化した」だけのものなのだとしたら、やはりせいぜい「模範解答」にしか見えなかったかもしれない。イカニモ図式的だし、デモ行進を逆走することで「均質化を促す見えない力に対する抵抗」を表現するというのもアイデアとしてはかなり陳腐である。
しかし実際に作品を見た感想は、そうした紋切り型の「模範解答」的なものとは大きく異なっていたのだ。

この作品の成立経緯を語った丹羽のインタビューがwebにアップされている(http://www.tokyo-source.com/interview.php?ts=68)。そこで丹羽はデモ行進を逆走した理由をこう語っている。

-気持ちとしては反対だけどデモには参加できない、そういう気持ちになった人も多いと思うけど、デモに参加するつもりもないし、デモに参加しなければ反対運動もできないのであれば、いっそ逆走するしかないんじゃないかと。わからなすぎて答えがない答えを出してる。

この説明は作品を見た自分の感覚とも一致している。つまり丹羽は「均質化を促す見えない力に対する抵抗」といった抽象的なテーマのために「デモ行進を逆走する」という手段を思い付いたわけではないのだ。まずはじめに「このデモ」があったのである。目の前にある「このデモ」に対して自分はどのような態度を取ればいいのか? その悩みが先にあって、その一つの解決法として彼は「デモ行進を逆走する」という行為を選んだのである。
この「行為の必然性」が先にあることの説得力が、ともすれば「アートであること」が先に来ているような印象を受けた過去に見た彼の作品とは決定的に違っていた。彼自身の言葉を使えば、それが「絶対にやらなきゃいけない大きな問題」だったということなのだろう。

その結果として、この作品においては「このデモ」であることがなによりも大きな意味を持つことになる。抽象的なテーマのための素材ならば、基本的には逆走するのはどのデモ行進でもいいはずだ。しかし「このデモ」でなければならなかったことによって、この作品は実にいろいろなものを見るものに提示しているように思える。

展覧会を企画した飯田志保子は「差異の肯定/異質さを抱擁せよ」と題したステートメントのなかでこう書く。

-日本は久しく、単一民族国家、単一文化社会といわれてきた。それが暗示するのは、歴史の忘却と、国家的アイデンティティを強固にしたい政治作用、そして「ひとつ」という単位のうちにある差異や個の尊重が、パブリックな領域で十分に議論されてこなかったということである。日常のなかにある微細な「人との違い」に対する感度を高める教育や、それを受け入れる社会的包容力、意見を異にする他人と互いに批判的にならずに議論を交わす訓練の必要性が、それほど意識されずとも暮らせてしまう社会だった。だが、言うまでもなくこの国は今、ひとつの正解がない問いに対して、出口が見えない議論を迫られる日常の只中にある。

確かに今この国に生きるものであれば、多かれ少なかれ皆「ひとつの正解がない問いに対して、出口が見えない議論を迫られる」状況を感じていることだろう。しかし飯田が提唱するような差異や異質さを認め合い、迫られている難しい課題に対して建設的な議論が交わされるような社会へと向かっているかというと、残念ながら自分にはむしろそれとは逆の印象のほうが強い。
「ひとつの正解がない問い」に対して様々な立場から建設的な議論が交わされるというよりは、「ひとつの正解」に固執した者同士が寄り合って原理主義化し異なる意見を持つものを攻撃する。意見が異なる者同士のあいだではもはや言葉が通じなくなってしまっているような、そんな「断絶」感すら感じることもある。なにか世の中全体の趨勢として、差異や異質さに対して極度に不寛容な世界へと向かっているような、そんな不穏な空気を感じるのだ。
たとえば丹羽が作品の素材としたのは昨年行われたデモであるが、東京では現在大規模なデモ行進が毎週末に行われ大きな話題となっている。Twitterなどでもこのデモに関して賛否をめぐって激しい応酬が交わされているが、「意見を異にする他人と互いに批判的にならずに議論を交わす」という状況には程遠く、むしろ「デモ」そのものに対する盲目的な賛否や参加人数をめぐっての揚げ足取りの応酬など、自分たちの主張の正しさを証明せんがための主張ばかりが飛び交い、本来問題とされるべき核心からはどんどん議題が横滑りしていっているようにも感じる。
たとえば昨年のデモに関して、丹羽(や自分を含む多くの人々)が「気持ちとしては反対だけどデモには参加できない」という気持ちになったのは、まずなによりも核心となるべき「ひとつの正解がない問い」に対して、心情的には同意できてもそれが解決策に繋がるとは思えず、ともすれば問題を単純化するあまりさらに事態を複雑化してしまうのではないかという「迷い」がそこにあったからなのだと思う。決してそれは「デモ」全般に対する拒否感や、デモに参加する人たちへの拒絶感ではなかったはずなのだ。しかし現実の動きは、そうした声にならない迷いや差異はどんどんと切り捨てられ、二極化した原理主義のもとでひたすら「断絶」の溝のみを深めているような印象がある。

そうしたなかで丹羽の《デモ行進を逆走する》が、抽象的な「デモ」ではなく、「このデモ」でなければならない必然性を持っていたことは大きな意味を持つと思うのだ。もしこれが抽象的な「デモ」全般であったとすれば、それはいまネット上で激しく交わされている二極化した激しい応酬の片方の陣営に取り込まれるだけで終わっていただろう。
そして結果的にだが、丹羽は「このデモ」についてのまったく新しい視点をも提示している。つまり上から目線で概念的に語る視点ではなく、あるいは参加者の目線で主観的に語る視点でもない、第三者的な目で内側から「このデモ」の細部を映す新たな視点を映像として実現しているのだと思うのである。そもそも過去にこんなアングルからデモ行進を捉えた映像が他にあっただろうか?

つまりこの作品で真に見るべきは丹羽の「行為」ではなく、むしろその行為が触媒となって写しだされた「このデモ」の姿なのである。その点が彼の行為にのみスポットが当てられていた過去に見た他の作品とは大きく印象が違っている。作品を見ていても目につくのは、画面の奥に向かって歩き続ける丹羽の後ろ姿よりも、むしろ彼の周りに映っているデモの参加者たちの姿なのだ。
では「真の主役」たる彼らデモの参加者たちは、作品を見る自分の目にはどのように映ったか?
まずはじめに感じたのは「穏やかさ」である。デモ行進のイメージにそぐわない、のんびりとしたムードがそこには漂っている。参加者のなかにマスクを着用している人が多く見られることから、このデモ行進が行われた背景にある緊迫感や彼らが抱いている危惧の大きさが窺い知れるのだが、それはたとえば「切迫した訴え」といったようなかたちでは表れていない。大声で叫んでいる人は少数で、ほとんどの人は黙々と静かに歩いている。スローガンを唱えている人たちの口調も絶叫していたり尖ったりしている感じは全然しない。どちらかというと集団散歩をしているような緩慢な空気を感じてしまう。
その印象を一言で言ってしまえば「他人とは思えない」ということだった。そこに自分が一緒に映っていたとしても、なんの違和感も覚えないだろう。参加者の年齢や階層は幅広く、この群衆を休日の雑踏を歩く歩行者と丸ごと入れ替えてしまってもそれほど大きな差はないかもしれない。

彼らが自分となにも変わらない「普通」のひとびとであったことに気付くとき、ネット上での原理主義的なイデオロギーの対立のなかで「忘れ去られてしまったこと」にはたと思い到らされる。そうだ、そもそも我々は同じ隣人同士だったのだ、と。同じ危機に直面し、同じ危惧や不安を共有していた、同じひとつの問題を考えるもの同士だったのだ、と。ほんのちょっとしたことの違いで溝が出来、いつしかそれが修復不能に思えるほどの「断絶」へと広がってしまったけれど、そもそもがお互い意志疎通の不可能な「別の世界の住人」などではなく、その細部を見れば自分がそこにいても不思議でないほどに「自分と同じ」なのだということを。
飯田の言う差異や異質さを抱擁できる社会とは、意見や思想に違いはあっても、最終的には我々は同じ世界に生き、同じ問題に直面している、同じ人間であるという包括的な視線を持てる社会であろう。イデオロギーに固執すると、ともすれば差異や異質さを抱えるものを「自分とは違うもの」として排除しがちになる。その視線は俯瞰だ。しかし目線の位置を下げ細部へと目を向けることによって「違い」を乗り越え、彼らもまた「自分と同じ」であることに改めて気付かされるという逆転的な視座を、丹羽の作品は示し得たのではないだろうか。

しかし実はこの作品はそれだけでは終わらない。丹羽はデモの参加者たちの「普通」さをデモの内側からの視点で映すことに成功しているだけでなく、彼のパフォーマンスによってそれらの「自分となんら変わりがない」ひとびとが示すある「異常さ」をも同時に炙り出しているからだ。そのことによってこの作品は現在この国で起こっている状況の一端をも不気味に映しだす。
本作において丹羽の存在感が薄い理由の一つとして「逆走」が思ったよりもスムーズに行われていることが挙げられる。デモ行進の真ん中を人の流れに逆らって逆走するなどというと、下手をすれば逆上したデモの参加者から袋叩きの目にあうといった事態すら想像してしまう。しかし作品のなかでの丹羽の逆走においてはそんな事態は一切起こらず、袋叩きにあうどころか罵声すら浴びせられない。いや、それどころではない。あきらかに行進の邪魔であり妨害的な行為を働いている丹羽に対して、参加者たちは嫌な顔一つ見せないのだ。
この様子を見て自分はキム・スージャの作品《針の女》を思い出した。黒い服を着た長い髪の女性が一人雑踏の中に立ちつくすというパフォーマンスを世界各地の都市で行った結果、東京の繁華街を歩く人々だけが立ちつくす女性にもそれを写すカメラにもまったく無反応だったことを。
しかし《針の女》ではまだその自国の国民性を笑い飛ばすだけの余裕があったのだが、丹羽の作品にはそれがない。なにしろ後ろにカメラを従え、デモ行進の真ん中を人の流れに逆らって逆方向に歩く派手なピンク色のシャツを着たこの青年に、デモの参加者たちは視線を向けることさえしないのである。彼ら、自分と変わらない「普通」のひとたちは、皆視線を前方に向け、人の流れを逆走する異端であり差異である作者がまるでそこにいないように、その存在にマッタク気付かぬように、訴えるべき大切なスローガンを口々に唱えながら前へ前と歩き続けるのだ。

ここがこの作品のもっとも「怖い」ところである。
その「怖さ」は、自分がいま漠然と抱いている「不安感」と見事に重なっている。



「Identity VIII - curated by Shihoko Iida-」
nca | nichido contemporary art(2012年6月22日〜7月28日)
http://www.nca-g.com/exhibition/2012/identity_viii_-_curated_by_shihoko_iida-_1/

posted by 3 at 21:57| 日記

2012年04月30日

Expression and the world since The Day

I write about a memory of the great earthquake last year. It is related to the issue about expression and the earthquake.

There were so many controversies about "expression of the earthquake in culture" since last year. Some says every artist should express experience of the earthquake and the nuclear accident, and some criticize about it. At least, everyone must agree that it is a difficult issue.

I think that we can mention the Shiriagari Kotobuki's comics as a few examples of the success about that which many people accept.
Shiriagari Kotobuki is serializing the comics "Chikyu Boei Ke no Hitobito" (The Earth-Saver Family) to Asahi Shimbun.
Shiriagari had been taking up current news to the comics usually. Therefore, he took up experience of the earthquake to the comics frequently in those days. He wrote even the reportage of disaster area in Tohoku based on his volunteer experience on the comics. Those comics were collected in the one book and obtained high evaluation, such as winning a prize.

However, it is not about "Chikyu Boei Ke no Hitobito" that I would like to write here.
I want to write about "Nono-chan" which is another serial comic on Asahi Shimbun.

"Nono-chan" is drawn by Ishii Hisaich. Ishii seldom takes up current news on "Nono-chan" usually. Therefore, he did not take up any topics about the earthquake and the nuclear accident. Neither the great earthquake nor the tsunami hazard nor the nuclear accident happened in the world where Nono-chan and her family live. Ordinary calm days were continued in a corner of tense general news page.

Some may criticize the attitude of Ishii as compared with Shiriagari and say he escaped from the situation. However, I do not agree with it at all.
Because, I suppose that Ishii fought the difficult as well as Shiriagari. It is not easy to continue drawing comical comics in that tense situation. I think that he performed his role.

After the earthquake occurred, I had despaired how helpless I am. Although many brave people went to relief to Tohoku, I could not. I was not relieved although it was announced that that everybody lives a usual life led to the restoration.
However, I was relieved when I saw the "Nono-chan".
The "Nono-chan" of those days was not so amusing than usual. However, I received the things more than the contents that were drawn on it.
What I saw in the unamusing comics was that the author was fighting with difficulty. I could understand that he was performing his role as hard as possible at the place where he is now. It relieved my soul.
I surely think that many people had similar experience like me in those days. Many people would have been saved by something that was performing usual act as hard as it could in the serious situation.

"Nono-chan" of those days will not be evaluated like "Chikyu Boei Ke no Hitobito". If we see them now, they are mere unamusing comics.
However, I learned a very important thing from "Nono-chan" of those days.
It is the fact that expression does not mean only their outward appearance. We can get much more things from them if we use our imagination.

About the earthquake and expression in culture, many critics have already discussed it. However, I think that most of them are superficial. They look at only outward appearance and discuss about whose reaction was the earliest or which genre was slow to react. They seem trying to make a history as early as possible by listing the things only which they know.
Although I do not like using the word "311", I think that their attitude is just "before 311". What I learned from "Nono-chan" of those days is just the opposite of such things.

I do not think that the world changed since the day. The world itself has not changed at all. It was my eyes that look at the world have changed.
I do think it is about imagination.
After all, we cannot see the "world" and "expression" without using imagination.

posted by 3 at 18:50| Diary

あの日からの「表現」〜《地球防衛家のヒトビト》と《ののちゃん》

昨年三月に大震災が起こった直後、言葉を発するのが困難な状況が続いたことは昨年末に日記として書いた。その状況はかたちを変えて現在も未だ続いているように思われる。世界が複雑化して行く一方で、言葉はその表層のみを掬われ粗雑に単純化されていくようなそんな危惧を感じる。
しかし同時に、震災から一年を過ぎ、当時の記憶が薄らいできている危機も感じる。いま言葉にしておかなければ、当時感じた「あの感覚」はいずれは記憶の渦のなか姿を隠してしまうかもしれない。
だから言葉にすることでなにかが損なわれてしまう危険性を感じつつも、これだけは忘れずにいたい思うものをひとつ、ここに記しておこうと思う。
それは「震災と表現」にまつわる記憶だ。


「震災と表現」をめぐる問題については、この一年のあいだ、あらゆるところで様々な議論が為されている。震災の体験に基づいた作品や、震災や原発事故をテーマにした作品も、既に多く作られていることだろう。
しかし震災を作品として表現することに関しては様々な議論がある。巨大な悲劇をあたかも文化的な特需のように煽りたてる風潮に対する反発もあるだろうし、実際の制作における個人的な葛藤もあるだろう。少なくともそれがどのような意味においても「難しい」テーマであることだけは、衆目の一致するところだと思う。

そんななか困難なテーマを困難な時期に扱いながらも、多くの人々に支持されたその数少ない「成功例」のひとつとして、しりあがり寿のマンガ作品を挙げることができるのではないだろうか。
しりあがり寿は朝日新聞の夕刊に《地球防衛家のヒトビト》という四コママンガを連載している。日頃から時事ネタを積極的に取り上げる作風だったこともあり、昨年の大震災が起こった後はマンガのなかで描かれる話題も現実に沿うかたちで震災関連一色になった。さらに震災発生から一カ月ほど経った後には、作者本人が東北へボランティアに赴いた経験をもとにして、マンガ内のキャラクターたちも被災地へと向かうことになる。その期間は通常のギャグ漫画としてテイストを離れることも厭わず、異色のルポルタージュ的な展開を新聞の四コママンガのフォーマットで行うという離れ業も見せた。
それらの作品は震災をテーマにした作者の他の作品と共に作品集『あの日からのマンガ』にまとめられ、第15回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門で優秀賞を受賞、最近発表された第16回手塚治虫文化賞でも受賞作に続き二位の得票と、高い評価を得ている。

しかしここで書きたいのは、しりあがり寿のことでも、《地球防衛家のヒトビト》のことでもない。
「あの日」からの記憶として自分がとくに記しておきたいと思うのは、同じ朝日新聞に連載されているもうひとつの四コママンガ、いしいひさいちの《ののちゃん》についてなのである。

《地球防衛家のヒトビト》とは対照的に、《ののちゃん》では震災にまつわる事象は一切取り上げられなかった。ののちゃんやその家族が住む世界では、巨大地震も、津波災害も、原発事故も一切起こらなかったのだ。社会面を賑わすセンセーショナルな見出し群とは対照的に、いつもと変わらぬ平穏な日常のひとこまが、緊迫した紙面の片隅でひっそりと展開されていた。
《ののちゃん》のなかで現実に起こっていた未曾有の事態が取り上げられなかったことについては、様々な意見があるだろう。作者であるいしいひさいちの態度をしりあがり寿と比較して「現実から逃げている」と批判するひともいるかもしれない。
しかし当時リアルタイムに《ののちゃん》を読んでいた自分には、作者が現実に起きている事態から「逃げている」などという印象は毛頭なかった。それどころか、しりあがり寿が現実に起こっている深刻な事態を同時並行的に《地球防衛家のヒトビト》で取り上げるのと変わらないくらいの困難と勇気を、自分はそのときの《ののちゃん》に見ていた。そして、そのことは先の見えぬ恐怖に押し潰されそうになっていたあの緊迫した日々のなかで、ひとつの救いにさえもなったのだ。

毎日掲載される新聞マンガだけあって《ののちゃん》にも当たり外れはある。大いに笑える回もあれば、ギャグが不発だったりスベッていたりする回もしばしば見かける。
なかでも震災発生からしばらくのあいだは、ことさら「いまひとつ面白くない」マンガばかりが続いたような気がする。それは見る側のコチラの気分が反映された結果そう見えたのかもしれないし、あるいは当時の緊迫した空気を反映した作者による「自粛」だったのかもしれない。
しかし自分にはそうした消極的な理由よりも、むしろそれがひとつの「表現」のようにも感じられたのだ。なにも怖ろしいことは起こっていないかのように気丈にも「普段通り」を振る舞おうとするキャラクターたちに、この大参事の最中によりにもよってもっともそぐわない場所(新聞の社会面)で「笑い」を届け続けなければならない作者の苦悩と、それでも自分の役割を果たすべくその困難に立ち向かっている姿を見たように思えたからだ。
それに籠められた作者の思いと、そこでは決して「語られないもの」の存在を、あの「あんまり笑えない四コママンガ」のなかに、そのとき自分は確かに「見た」のである。

震災発生当時、自分を含め多くの人々が自分の無力さに打ちひしがれていたと思う。復旧が進み、被災地へ救援に向かった人々の活躍が盛んに報じられるようになっても、逆にそこに向かえない多くの人々は不甲斐ない自身の非力さを一層味わうことになったのではないだろうか。「今いる場所で、みんなが今までどおりの日常を送ることも復興の一助になります」というアナウンスも盛んにされていたが、理屈では理解できても、なかなか気持ちはそう簡単には安まるものではない。
そんななかで、もっとも困難な場所でいつもと変わらない普段通りの日常を必死に続ける《ののちゃん》が、自分にとっては型通りの「普段通りの日常を送ることも復興の一助」といった言葉の何千倍も、そのときは胸の痛みを和らげてくれたのだ。
おそらくそれは自分だけに起こったことではないだろう。きっと多くの人が、あのときの《ののちゃん》や、あるいはそれに類するなにかに救われた経験を持つのではないだろうか。一見震災とはなんの関わりもないけれど、緊迫したあの日々のなかで「普段通り」を懸命に行っていたなにものかに。

もちろんしりあがり寿の『あの日からのマンガ』が評価されたように、当時の《ののちゃん》が評価されるといったことは起こり得ないだろう。むしろ作品単体で見れば、それは単なる「あんまり笑えない四コママンガ」でしかないのかもしれない。
しかし自分があのとき《ののちゃん》に「見た」ものは、「表現」というものの意味を再考させるような重みを確かに持っていたのだ。

震災発生から七ヶ月ほど経った10月12日付の朝日新聞の朝刊に「朝のクスッと20年」というタイトルでいしいひさいちの新聞連載二十年を祝う特集記事が掲載された。記事のなかで作中キャラクターのののちゃんのインタビューを受ける作者いしいひさいちは、終始冗談めかした会話に混じらせて一瞬本音を感じさせるメッセージを発している。それはこんな言葉だ。

-わたしは読者のみなさんに常に敬意を払っています。新聞まんがだからこの程度がよいとか、いつも同じがよいとは考えません。ちょっとした「お笑い」をお届けしているにすぎませんが、今後も最善を尽くします。どうぞよろしく。

型通りに読めば、二十年間新聞連載を続けてきたマンガ家の自負の言葉である。あるいはさらに長い年月、ギャグマンガ家として一線で活躍してきた作家の矜持としても受け取れる。
しかし自分はこの言葉を読んだとき、すぐに「あの日」からしばらく続いたあまり面白くない《ののちゃん》を思い出した。震災から七カ月という時間を経てようやく口にすることができた、一表現者として「あの日々」を闘い抜いた作者の言葉のようにも聞こえたのだ。


敢えて説明するまでもないが、自分がここで書きたかったのは、あの未曾有の事態に際してしりあがり寿といしいひさいちのどちらの態度が正しかったとか、どちらがエライとか、そういったことでは全くない。むしろそういった二択的な視点の対極にあるものだ。
「震災と表現」をめぐる問題というと、とかく誰々の動きが早かったやら、何々の分野は反応が鈍かったやら、うわずみを掬っただけのトレンド観察や、自分の見知った手持ちの事象を並べていち早く「歴史化」を図ろうとするような論調が目につく。しかしそうした旧態然とした態度こそが、もっとも「3.11以前」的なものなのではないだろうか。自分はこと文化領域において「3.11」なる言葉を軽々しく使うことに抵抗を覚えるものだが、もしその言葉が使われるのならば、このような用例こそが一番相応しいと考える。すなわち「3.11以前」として。

自分があの日々の《ののちゃん》に見たのは、そういった「3.11以前」的な見かたとはちょうど真逆に位置するものである。
簡単に言ってしまえばそれは、表現とはそこに記された内容以上のものをも伝えうるということだ。
そして作品としての表現は一つの象徴である。「表現=内容」という一元的な見方から脱却した目は、この世界のあらゆるものに無限の深さを見ることができる。

「あの日」を境に世界が変わったのではない。世界はなにも変わっていない。変わったのは世界を見る自分の目なのだ。
そのことを一言で指し示すならば、それは想像力という言葉になるのだろう。
そもそも想像力を使わない限り、我々は「表現」も「世界」も見ることはできないのだから。

posted by 3 at 18:37| 日記