2016年12月31日

今年最も印象に残った展覧会五選+α

 2016年は世界政治の激動の年であったが、国内の美術関連で話題になったものと言えば地域芸術祭の盛況(乱立)と「若冲展」の盛況(行列)くらいか。自分はと言えばその前者はひとつも見ておらず(そもそも遠出というものをマッタクしていないし、近場で開催されたものも興味がわかずスルーした)、後者はいちおう行列だけは見た(展示を見に行ったのだが、館外にまで伸びる長蛇の列を目撃した瞬間に断念して引き返した)。
 ネットを使って積極的に展示情報を探すこともなくなり、話題の展示も平気で見逃すようになって、見たい展示を見られる範囲で見ていただけなので、昨年と同様に今年も見た展覧会の総数自体はそれほど多くない。
 では印象に残った展覧会もそれに比例して減ったのかと言えばむしろ逆で、「ホントにこれが全部今年の一年の出来事なのか!?」と驚くくらい多くの印象に残った展示があるのだ。それだけ豊作の年だったということか、それとも自分の執着度が上がったためなのか、いまひとつよくわからない(ちなみに近年はひとつの展覧会に費やす時間がどんどん長時間化する傾向にあり、その結果として一回の外出で見られる展覧会の数が減っているという事情もある)。
 この十指はおろか足の指にさらには猫の手を借りても余る数の「印象に残った展示」からTOP10のリストを作るのは容易ではなく、ただでさえ忙しい年末に余計な労力を使いたくもない。したがって今年は趣向を変えて、自分にとってもっとも重要であると思われる展覧会を五つだけ選んで【今年の五選】としてみた。ここまで絞ると選択の基準は「見たことが自分の人生にまで影響を及ぼしそうなもの」となる。
 とは言え、それだけでは日記(年記)としての機能を著しく欠くしあまり面白くもないので、それ以外の好印象だった展覧会を【印象に残った「絵画」の個展】、【印象に残った「良く出来た展覧会」】、【その他の個人的に印象に残った展覧会】という三つのカテゴリーに分けて列挙し、さらにおまけで【(敢えて挙げる)悪印象の展覧会】と【展覧会以外のジャンルでもっとも印象に残った作品】も挙げてみた。
 結局、今年も一年分の日記を一気にまとめて付けた体である。




今年の五選(見た順、以下も基本的に同)

岩熊力也 苦よもぎの泉 」コバヤシ画廊(1月)URL
ジョルジョ・モランディ 終わりなき変奏」東京ステーションギャラリー(2〜4月)URL
安田靫彦展」東京国立近代美術館(3〜5月)URL
没後110年 カリエール展」損保ジャパン日本興亜美術館(9〜11月)URL
デイヴィッド・ホックニー The Yosemite Suite」西村画廊(10〜11月)URL



以下、個々の展示についての覚え書き。


◎「岩熊力也 苦よもぎの泉 」

 この展示については既にブログで書いたので、詳細についてはとくに付け足すことはない。ともすれば「奇展」に分類されかねない内容で、これまでこの作家の作品を支持していた人のなかでも戸惑いを覚えた者はいたのではないだろうか。
 しかし自分はとにかくこの展示にムチャクチャ感動してしまったのである。こんなにもトチ狂っていて、それでいてこんなにも説得力のある、つまりはこんなにも“真摯な”表現は他にそうはない。なんだかやたらめったら勇気づけられた展示だった。
 どれだけの人がこの展示を目撃したかわからないし、少なくとも自分はその評判をまったくと言っていいほど目にしなかった。しかしほんとうに重要なことはTLなどで関心が集まる話題のスポットなどではなく、人目に付かない世界の片隅でひっそりと行われているのだということも、この展覧会は教えてくれたのである。


◎「ジョルジョ・モランディ 終わりなき変奏」

 ブログにもTwitterにもどこにもなにも書かなかったが、フツーに選べばこのモランディ展が自分の今年のベスト展覧会である。ではなぜどこにもなにも書かなかったかといえば(単にメンドーだったからというのもあるが、それはともかく)なにも書けなかったからである。とにかくその作品について語られた言葉が片っ端から「的を外している」ように聞こえるような特性をモランディの絵は持っているのだ。単純な作品記述ですら「それって単にアナタの主観でそう見えるだけなのでは?」とツッコミを入れたくなるくらい「的を射た言葉」を語るのが難しい。展覧会では会場の壁のあちこちにモランディ自身の言葉がレタリングされていたのだが、その作者自身が自作について語った言葉すら終いにはマトハズレなように思えてくるほどなのである。
 会期中二回見に行ったのだが、一回目と二回目ではマッタク見え方が異なり、一回目の鑑賞で「ワカッタ!」と思って自分のなかでまとめていた考えは、二回目の鑑賞でことごとく否定された。同じ鑑賞時でもいったん絵の前から離れ、再び戻ってくるとまた違った風にみえたりして、とにかく見え方が一定しない。だからどれだけ時間をかけて見ても飽きることがなく、いつまで経っても会場から出ることの出来ない究極の「キリがない絵」なのだった。
 どうせ後から「マトハズレなこと書いてんなー」と思うに決まってるのだが、とりあえず展示を見て「わかった」ことを一点記しておくと、展示を見る前はモランディはずっと「同じもの」を繰り返し描いた画家だとばかり思っていたのだが、実際はこれほど多くの種類の絵を描いた画家は他にいないのではないかと感じたこと。同じモチーフを題材に、毎回毎回違った観点から違った絵を描こうとしているように思えるのだ。今回の展示はモチーフの相似によって展示が構成されていたので、同じ時期に描いた絵の一枚一枚の違いと、時代別による傾向の違いが会場内に混在していて、これはこれで気付かされるものが多い素晴らしい展示だったけれども、同じ作品を制作年順に並べなおした展示があったらそれもまた見てみたかった(もし巡回先で「並べなおし」の展示があったら、遠方でも見に行っていたかもしれない)。
 ちなみに1998年のモランディ展を見逃している自分にとって、本展は有楽町アート・フォーラム(!)で見て以来の実に二十六年ぶりの「モランディ展」なのだった。次回はぜひもっと短いスパンで実現してほしい。


◎「安田靫彦展

 正直言ってこの展覧会を今年のベスト展に選ぶのには忸怩たるものがある。というのも「展覧会としての出来」だけを云々するならば、本展はむしろワースト展のリストのほうに入れたい出来だったからである。
 言ってみればこの展覧会は「失敗したブロックバスター展」のようなものだったのではないだろうか。おそらく近年にもいくつか開催されている過去の安田靫彦展と差別化するためにセールスポイントとして打ち出したのが「全点本画のみ百点以上!」という本展の謳い文句だったのだろう。しかし先行する靫彦展が本画以外の下絵やスケッチも展示していたのは、単なる本画の数が揃えられないための穴埋めのではなく、なによりもそれらを展示することが靫彦の絵の魅力を見る者に伝えるのに役立つからであろう。実際、自分が靫彦の絵に関心を持つようになったのも、2010年にニューオータニ美術館で開催された「安田靫彦展−花を愛でる心」で彼のスケッチ画を見たからだった。本展の「全点本画!」は、セールスポイントどころか、自ら靫彦の絵の魅力を伝える重要な手段をひとつ封印してしまったようなものなのである。
 「全点本画!」のシバリは、展示の歪さにも繋がっていたように思う。それを一番よく表していたのが会期前半に《月の兎》の巻物を展示した展示ケースに、会期後半は《東都名所》の連作を充てたことだろう。全二十二枚の中に靫彦の絵が一枚含まれるに過ぎないこの連作はあきらかに展示全体のなかで浮いており、もともとも悪い展示のバランスをさらに崩していた。好意的に解釈するならば「同時代に活躍した他の日本画家の作品と靫彦の絵を比較するため」という意図が汲み取れなくもないが、しかしそれならば上階の収蔵品展のなかでいくらでも出来るのだし、現にやっているのである(そもそもこの《東都名所》は東近美の所蔵なのだから、収蔵品展内で展示するほうがむしろ自然ではないか)。「靫彦の絵の魅力を伝える」という目的のためであれば、同じ展示ケースにスケッチや画帖を並べたほうがよっぱど効果的だし、見るほうとしても嬉しいのであるが、結局それを阻んでいるのが「全点本画!」の縛りなのだろう。必然性が見当たらず見ていてイライラする絵の並びも展示替えの多さに所以していたのであれば、いったいなんのためのセールスポイントなのかと思えてくる(もちろん「客寄せのため」ということなのだろうけど)。
 最終展示室を潰して特設のグッズ売り場にする仕様も東近美の展覧会としては異例で(そのわりに買いたいと思わせるものが一つもない貧弱な売店だった)、靫彦の絵の「品の良さ」を喧伝するわりには随分と品のない展覧会だったと言わざるをえない。
 とはいえ、それだけならば「まぁー展覧会を開くのはお金がかかるんだろーし、スポンサーからの口出しもあるっていうウワサだし、いろいろと大変なんだろーなー」と美術館側に同情する余地もあるのだが(同情しなければならない義理はないが)、しかし本展の場合そうした「大人の事情」の部分を差し引いても、なお内容に不備の目立つ展覧会だったのである。あきらかに解説は足りていなかったし、企画者が「先例がない」と胸を張る戦争期の作品を独立させた章立てもとくに功を奏しているようには思えず、そのなかには靫彦の性格を考慮に入れていない的外れな偏向した解釈も見受けられた。一言で言えば、靫彦の絵の魅力を伝える努力を甚だ欠いた展覧会だったのである(「展示対象に対する愛情の感じられない展覧会だった」と言ってしまいたいが、それはさすがに言いすぎか。しかしそれに近い出来だったのだ)。
 ではなぜそんな展覧会を「もっとも印象に残った展覧会」のひとつとして選ぶのかと言えば、そのあきらかに展覧会では「足りていなかった情報」を補うため、展示を見た後に自力で靫彦についての過去の文献などを調べたことが、展覧会で作品をまとめて目にしたこととプラスして自分にとって実のある体験になったと考えるからである。その結果として書いた長すぎて誰も読まない(自分も読み返さない)ブログ記事二本(コレコレ)はおそらくいま読み返したら書き直したくなるところだらけの不出来だろうが、それはまぁドーデモイーのだ(どーせ誰も読みやしないのだし)。重要なのはたかだかブログ記事を書くための短期間の調べものとは言え、対象について深く知ろうと自ら行動を起こしたことであり、実際調べてみたらそこにはかなり大きな鉱脈が眠っているようでもあったのだ。もうかなり以前になるが、熊谷守一の画業の秘密を自分なりに考えてみようと資料を調べてみたときに感じた興奮と手応えに似たものを、そこでは得ることができたのである。言ってみればそれは靫彦を血肉化していくような感覚で、これ以降は作品を見るときなどに「靫彦だったらコレをどう評価するか?」と考えることが癖になってしまったくらいなのだ。
 自分にとって「良い展覧会」とは単に見ている最中の「ヨカッタ!」だけで終わるものではなく、展示対象に対する興味をかき立て、展示を見終わった後にさらに自力での行動を促すようなもののことを指す。その意味ではかーなり変則的ではあるが、本展は自分にとっての「今年を代表する展覧会」のひとつであることに間違いないのである。


◎「没後110年 カリエール展

 今年の秋の展覧会ラッシュは例年に増して凄まじかった。コチラの懐具合や休日の日数をまったく考慮に入れていない絢爛豪華なラインアップがズラリと並ぶ。
 そのなかでいま一つ地味な存在だったのがこの「カリエール展」である。同時期に開催される西洋絵画の展覧会としては、誰もが知ってる巨匠二人の夢の競演「ゴッホとゴーギャン」、本邦初開催でマニア垂涎の「クラーナハ」、未だに劣らぬ大衆人気を誇る「ダリ」と、混雑必至のブロックバスターや注目展が並ぶなかでの「カリエール」なのだ。
 確かに十年前の没後100年の際には国立西洋美術館において大々的に「ロダンとカリエール」が開催されている。しかしそれはあくまで大スター「ロダン」あってのもので、両者の比重は「ゴッホとゴーギャン」とはだいぶ異なったものだっただろう(というか内容は別にして、プロモーション的にはカリエールはオマケに等しかったのかもしれない^^;)。
それが今度は「没後110年」といういまひとつ中途半端な区切りでの単独展の開催である。この十年の間にカリエールの作品を見る機会はちょくちょくあり(西美のコレクションに入ってるし、企画展でも同じ損保美で昨年開催された「最後の印象派 1900-20's Paris」展などで見ている)レア感もなくありがたみも薄い。他に注目展が並ぶなかでコレはパスしてもいいかなぁ〜と最初は思っていたのだ。
 ところが! 蓋を開けてみたら「この秋最大の注目展は実はカリエールだった!!」と言い切ってしまえるくらい、これが驚きの展覧会だったのである。
 この展覧会はカリエールのひ孫である美術史家の個人コレクションが出品作の大半を占めるという変則的な展示だったのだが、結果的にそれがステレオタイプな「カリエール」のイメージを崩すのに役立っていたのだろう。十年前の「ロダンとカリエール」の展覧会図録を見直してみたのだが、そのときのカリエールの出品作は肖像画など一部の作品を除けば基本的に劇的で芝居がかった感じの大仰な絵(いかにも「世紀末風」で「象徴主義」な感じ)が多かったように思う。それらの“力の入った”作品はパブリックイメージとしてのカリエールをよく表しえていたのかもしれないが、けれん味のある作風が時代掛かった古めかしい印象も与えていたように記憶される。
 それに対して本展の出品作は家族や身近な人々を描いた絵が中心であった。「ロダンとカリエール」がパブリックでマッチョなカリエールだったとすれば、今回はむしろプライベートで親密なカリエールなのだ。そしてカリエールの本質は、むしろその後者にこそよく表れるということが確認できたのである。時間と労力を注ぎ込んだ大作・力作がそのまま絵の魅力に比例するわけではないことは世の常だが、カリエールの場合はそれが極端なのだ。なにげない小品が真正なる名画のアウラを放っていたりして、「なんでこの絵の前に行列ができていないんだろう?」と不思議に思ってしまうくらいだった。
「ロダンとカリエール」には出品されていなかった風景画や、本画とあまり区別が付かない(そしてときには本画以上に魅力的な)習作など見どころも多かった。
 カタログなどの表記から推察するに、おそらく本展は外部のイベント会社の持ち込み企画だったのだと思うのだが、おそらく地道な研究の成果としてあったであろう十年前の重厚な「ロダンとカリエール」で伝えきれていなかったカリエールの魅力を、展覧会としては圧倒的に“軽い”作りの本展が伝え得たというのも、なにかカリエールの絵の本質と関係しているようで面白い。
 カリエールの絵に関しては、まだその謎を自分のなかでもちゃんと整理できていないのだが、とりあえず二度目に見に行った直後にTwitterに書いておいたメモをもとに再構成すると以下のようになる。

 カリエールの絵の魅力は、画布に像(または「存在」)が出現するその瞬間を捉えようとしていることにこそあるのだと考える。「絵」が出現すること自体への驚きと畏敬は、原始絵画、草創期の写真、あるいは心霊写真などにも通じるものだ。その意味においてカリエールの絵は原始的でもあると言ってもいいのかもしれない。その驚きを「見ること」や「目前の存在を知覚すること」へ関心に繋げ、それを画布上で理知的に再現しようとすればセザンヌ〜キュビスムの現代絵画の流れへと連なるのだろうが、カリエールはあくまで原初的な「畏れ」の段階に留まる。
 その「原始性」は、たとえば「存在の出現」の様子を筆跡それ自体が表すかのようなカリエールの独特な描法が、霊木から仏が顕現する様を表した鉈彫仏の表現にも通じることや、認識の限界に挑むかのような幽きイメージが、それが肖像画の場合は特にキリストの顔が浮かんだ聖骸布を想起させることなどからも確認できる。
 つまり言ってみれば、カリエールの絵は「芸術」や「絵画」が魔術性(マジック)を失して理知的(ロジック)へと傾斜していくその歴史の分岐点で、原初的な「絵画の魔術性」へと留まろうとする最後の抵抗だったのではないだろうか。そしてその畏敬の対象が「描かれる対象(聖的なイメージ)」ではなく「絵が表れること=絵画」自体であるところに、カリエールの「近代性」があるのだと思う。

 …って結局それが「象徴主義」ってことなんじゃないかって自分でツッコミを入れたくもなるのだが、しかし「象徴主義」とレッテル付けてしまった瞬間に見えなくなってしまうものがカリエールの絵には確実にあるようにも感じるのだ(このことは前回書いた日記にも通じる話かもしれない)。とはいえ、とりあえず今書けるのはせいぜいこの程度である。
 そーいえばスッカリ忘れていたが、西美の小展示「世紀末の幻想 近代フランスのリトグラフとエッチング」に出品されていたカリエールの肖像リトグラフを見て「これが河原温の《死仮面》の元ネタか!?」と驚いた旨を、自分は昨年の年末日記に記していたのだった。その意味では今年カリエールの個展が開催されたのは絶妙のタイミングだったはずなのだが、前述したとおり見逃す気まんまんの低反応だったのは(自分の記憶力の衰えをさておけば)それだけ「カリエール」に対するステレオタイプの刷り込みが強烈だったということではないだろうか。
 「ワカッテいる」と思っていた作品や作家について、それを覆される体験ほど展覧会鑑賞において重要なものはない(逆に言えば「ワカッテいる」ことをわざわざ確認しに行くだけの展覧会ほどツマラナイものはない)。その意味でも既存のイメージを覆してカリエールの新たな魅力に気付かせてくれた本展は、今年を代表する忘れ難い展覧会なのである。


◎「デイヴィッド・ホックニー The Yosemite Suite

 町田市立国際版画美術館で開催された「デイヴィッド・ホックニー版画展」(10〜11月 URL)も、東京都現代美術館の所蔵品を中心にしながら「版画の技法」という版美ならではの視点を活かして構成された好展覧会であったが、「驚いた」という意味では断然コッチである。
 たしかに日本初公開とは言え作品自体は数年前のものだし、webなどを通してそのイメージも事前に目にはしていた。しかし「本物(本作はプリントであることも重要だと思う)」を目にした衝撃は予想を遥かに超えていたのだ。
たとえば古の絵画の巨匠が現代に生きていたらどんな絵を描くだろうと考えてみることがある。ベラスケスがもし現代に生きていたら? 北斎なら? おそらく彼らは彼らが生きていた時代に描いた絵と同じようなものは描かないだろう。彼らの天才がいかんなく発揮される「現代の絵」を描くに違いない。もちろんそれを目にすることは叶わないわけだが、しかしホックニーのこのCG画は、そんな空想を実現するような作品でもあったと思うのだ。現代に生きる最高のペインターがiPadで描く絵は、やはり余人の及ばぬケタ違いのものであったのである。
 本作においてもっとも重要なのは、現代を生きる我々にとって油絵具による絵画の筆致以上に見慣れたペイントソフトのブラシによって描かれていることであろう。標準で搭載されたペイントソフトのブラシ跡が無造作に残されたその画面は、言ってみれば手品師が「種も仕掛けもありませんよ」と被っていた帽子の中を見せるようなものだと言える。見たこともないような複雑怪奇で大規模な仕掛けからウサギが飛び出しても誰も驚かないのだ。それが見慣れたなんの変哲もないような帽子であり、「種も仕掛けもない」ことが誰の目にも明らかな物から不思議が生じるからこそ、見るものはそれに驚き、そこに「魔法」を感じるのだろう。
 ホックニーのiPad画も同じである。誰もが描けるようなペイントソフトによる筆線は「種も仕掛けもない」ことを謳っているのだ。実際はその線を引くに至るまでのホックニーの画家としての技量や、プリント技術などの「種や仕掛け」がそこには隠されているのだが、その部分は絵を見るものには「見えない」。だからこそその「誰もが描けるようなペイントソフトによるデジタルイメージ」を通して、目の前に広大な自然公園の風景が広がるのを目にしたとき、我々はその「魔法」に驚嘆するのである。そしてその「魔法」は、絵画がかつて持っていた「魔法」のその原初的な姿なのだ。
 次に引くのは詩について書かれた文章(詩)だが、これは絵画や美術作品についても同じことが言えるのではないだろうか。


表現を洗練させるということは、詩語を用いてそれらしく仕上げることではない。ふつうに普段使っている日常の言葉を用いて、まるで、かつての詩語のように(その詩語が当初もたらせた、いまはもうもたらせることのない)さまざまな連想を誘い、豊かにその語の来歴を自らに語らしめさせること、それこそ表現を洗練させることである。(中略)詩語を用いて詩作品をつくるつもりならば、それは反歴史的に、反引用的に用いなければ、文飾効果はないだろう。すなわち、詩語は、もはやパロディー的に用いるほか、まっとうな詩作品など書けやしないであろうということである。(田中宏輔『詩の日めくり 第二巻』より)
 


 つまりホックニーのiPad画における見慣れたペイントソフトのブラシのデジタルイメージは「ふつうに普段使っている日常の言葉」なのである。だからこそ古典的な画材や画風で現代に描かれた古典風の絵画が決して呼び起こすことのない絵画がかつて持っていた「魔法」を、これほどまでに鮮やかに蘇らすのだ。




印象に残った「絵画」の個展

小林達也展 忘れるし 思い出す」gallery福果(1月)URL
有原友一個展/木秀典個展」ART TRACE GALLERY(1〜2月)URL URL
トランス/リアル−非実体的美術の可能性 vol.1 越野潤」gallery αM(4〜5月)URL
佐藤万絵子展 窓枠を押しつぶせ空」なびす画廊(7〜8月)URL
西原功織 120号展示」A-things(10〜12月)
内海聖史展 室内の木星」ギャラリエアンドウ(10月)URL



 思えば今年の五選に選んだ展覧会は全て「絵画」の展覧会だった。確かに絵画の展覧会には他のジャンルの展示より積極的に足を運ぶようにしていたし、感銘を受けるものも多かった。しかしそれが何故なのかが自分ではよくワカラナイのだ。それというのも自分自身の制作は以前にも増して「絵画」からは遠いところへと去りつつある最中だからである。もともと「部外者」であったのが、今や完全なる「無関係者」であると言ってしまってもあながち間違いではない。それにも関わらずなんでまたこんなにも「絵画」のことばかり考えているんだと自分で呆れるほどに「絵画」について考え、絵画の展覧会に足を運び、そしてそこで感銘を受けることも多かったのだ。
 それが何故かはワカラナイのであるが、とりあえず今年見たもののなかより印象に残った「絵画」の個展を上に列挙してみた。全員比較的自分と年齢の近い作家たちである。

以下は各展示についての覚え書き。


〇「 小林達也展 忘れるし 思い出す

 2009年に偶然立ち寄ったトーキョーワンダーサイト本郷で見た展示が印象的で忘れ難かった画家の、実にそのとき以来七年ぶりに見た個展。TWSで見たときよりもかなり小規模の展示だったが、その絵の魅力がいささかも減じていないことを確認できた。前回見たときはシュビッタースを思わせるコラージュ感覚が印象的だったのだが、今回の展示ではそれが大竹伸郎的にも見えたりし、ある意味ではその根の確かさも感じられた。
 今回ここに列挙した画家たちはそれぞれに異なる多様な作風を持つのだが、それらは皆「絵画」という不可能性に一度ぶつかった末に、それを克服せんとした結果として出来ているように自分には見える。つまり「絵画」に対して一回「捻り」があり、その「捻り」が各人の作風に表れているように感じるのだ。
 そのなかにあってこの小林達也は、唯一その「捻り」を感じさせない画家なのである。ひじょうに真っ直ぐに「絵画」に対して向かっているような感を受ける。そうかと言って時代遅れの様式を愚鈍になぞっているようにも見えないところが、この画家の不思議なところなのだ。時代の流れをまったく無視しているようでありながら、その超然とした立ち位、置の「揺るぎなさ」によって時代とアジャストしているような感覚もあって、その意味では同時代の画家のなかでもかなり異質な作家だと思われる。ひとつだけ確かなのはその絵が決して月並ではないということであって、素直に壁に飾っていつまでも眺めていたくなるような、そんな絵なのだ。
 今年はアーツ前橋で高山陽介との二人展もあったようで見に行きたかったのだが、自分の行動範囲を大きく超えていて断念した。いまもっとも美術館の企画展などでまとめて作品を見てみたい作家のひとりである。


〇「有原友一個展/木秀典個展

 本来は別々の個展なのだが(有原が自分の展示スペースへの展示を高木に依頼して実現したという)、両者の比較も含めて楽しめた。高木の作品の魅力に初めて気付かされたのは同じスペースで開催された前回の個展だった。今回はまたそのときとは違った素材を使った作品であったが、「絵画」の概念の限界をなぞるという意味では前回の展示と共通しており、今回もまた「〈絵画〉とはなにか」について考えさせられるカッティング・エッジな展示だった。
 一方の有原の展示を見るのは今回が二回目だったのだが、初めて彼の絵を見たときは「ぼんやりといい感じ」を受けたに過ぎなかったのである。しかし今回の展示に関してはほんとうに驚かされた。フツーに美術館の常設展示に並んでいてもおかしくないようなその堂々たる作品の佇まいに驚いたということもあるが、それだけではどうも解決できない妙な感覚もある。後日作者自身の話を聞いて判明したところでは、これらの作品は「途中(まだ継続して描き続ける可能性がある)」というのだ。高木の作品に比べればむしろ「オーソドックス」にさえ見えた有原の作品が、高木とはまた別のかたちで「絵画」の概念の限界をなぞっていることを知り、再度驚愕した次第である。
 部外者ながら展示を機に開かれたトークイベントに呼んで頂き、そこで聞いた話などを基に自分なりに彼の絵について考えてみた考察は、長すぎて自分でも読み返さない安田靫彦展のブログ記事に混ぜてある。


〇「トランス/リアル−非実体的美術の可能性 vol.1 越野潤

 詳細については既にブログに記しているので略す。
 透明なアクリルにシルクスクリーンで塗装するという素材の新鮮さもさることながら、やはりもっとも驚かされたのはそれらの作品によって構成される空間の緊張感の高さだった。そこにもっとも「絵画」的なものを見たのである。


〇「佐藤万絵子展 窓枠を押しつぶせ空

 佐藤万絵子に関しては今年、この個展より先にアサヒ・アートスクエアで開催された大規模な展覧会「机の下でラブレター(ポストを焦がれて)」(1月 URL)を見ていたのだが、しかし正直言ってその内容は自分の期待を裏切るものだった。それに対して本展ははるかに規模の縮小された展示ではあったが、しかしこちらはとても良かったのである。
評価の違いが生じた原因ははっきりしていて、AASでの展示が展示脇の通路から作品を置物の写真撮影用のセット(実際、写真うつりだけは良さそうなのである)を眺めるように見る仕様だったのに対し、本展では通路側の壁面にも絵を配するなどして、空間全体を作品化することにまずは成功していると思われたからだ。佐藤の作品の場合、作者だけではなく、それを見る観客も作品のなかに取り込まれるような感覚を受けなければ、この形式で描く意味がなくなってしまうように思うのである。フレームを超えて空間全体に絵が増殖していくような感覚を体感できないのであれば、それこそ写真撮影用のセットを傍から見ているような感慨しか持てないのだ。そのためには展示空間全体を「作品化」する必要が絶対にあり、残念ながらAASの展示はそれが全く出来ていないように思えたのである(そもそも片側に通路用のスペースを空けて観覧させるような構造自体が失敗だったのではないだろうか。渡り廊下でもなんでもいいから、あのなかに観客が入っていけるような工夫が欲しかった)。
 ところでここからは余談になるが、急速に進む老眼に対応するために今年普段使い用のメガネの度を大幅に下げたのだが、その結果として展覧会を見に出かけた際、会場に掲示してある解説の文字がちょっと離れるともう読めなくなるといった事態に直面するようになってしまった(暗い場所ではよりものが見えにくくなるのである)。その解決策として双眼鏡(展覧会用としてネットで高評価だったPENTAX PAPILIOII6.5×21)を鑑賞の補助用として導入したのが、これがなかなかのスグレモノで、今ではどこにも持ち歩いてなんでもかんでも双眼鏡を通して見ている(「オランダのモダン・デザイン リートフェルト/ブルーナ/ADO」展で至近距離からブルーナの原画を双眼鏡で見ていたら、写真撮影をしているのだと間違われて係員に詰め寄られた^^;)。
 そして、当然ながらこの佐藤万絵子展も持参した双眼鏡で鑑賞してみたのだが、これが実に「はまる」のである。近寄ることのできない遠距離にあるもののディティールも確認できるし、なによりも(おそらく作者が意図しているであろう)「絵の中に入り込む」感覚を味わうことができるのだ! ぜひ次回に佐藤万絵子の展示が開催される際は、双眼鏡の会場貸し出しも検討してもらいたい。


〇「西原功織 120号展示

 昨年「四コマダイアリー」の展示に衝撃を受けた西原功織の同じ会場での個展。120号の巨大な絵画がインデックス画像にしか見えない異様は、相変わらずスゴイ。
 先に小林達也の欄で、今回ここに挙げた画家たちは皆「絵画」という不可能性を一回通過した上で、その「捩れ」がそれぞれの作風の特徴に繋がっているということを書いた。1978年生まれの西原はここに列挙した七人の画家の内では一番若いのだが(参考まで各人の生年を記しておくと越野67年、小林73年、木74年、佐藤75年、有原76年、内海77年。「五選」に挙げた岩熊力也は69年。全然関係ないけど自分は70年生まれ)そのことが影響しているかどうかはわからないが、彼の絵はこのなかではやはりちょっと異質に感じる。小林達也は例外だが、それ以外の画家は皆その作風に「絵画」の不可能性との摩擦の跡を残しているように感じられるのに対して、西原の絵からはそれを感じないのである。むしろやすやすとその「不可能性」を通過してしまっているようにさえ思える。
 と言ってもそれは、彼よりさらに下の世代(即ち80年代生まれ以降)の画家が描く絵に多く見られる絵画を描くことに前提が要らなくなった世代特有の「屈託のなさ」ともまた違う。「不可能性」は確かにあるのである。しかしそれは「不可能性」を回避するための「捩れ」やそれとの格闘の結果として生まれる「摩擦」ではなく、むしろ「不可能性」を丸ごと飲み込んだ(肯定した)上で、そのさらに先に進もうとしているような「異様」なのだ。
 この「異様」の先になにがあるのか見てみたいと強く感じさせる画家であることは確かである。


〇「内海聖史展 室内の木星

 内海聖史の絵の面白さは「絵画であること」を鑑賞の中で実感させるその度合いに比例すると考える。その方法は主にキャンバスの巨大化、大量化、変形などによって描かれたイメージと共に「物質としての絵画」をも見る者に感じさせることに拠る。言ってみれば「絵画」のスタンダードを解体することによって、「絵画」の本質を露出させるような感じだろうか。その「正攻法」な攻め方は、頭打ちになった天井を力任せに下からガンガン突き上げていくような快感ももたらすのだが、繰り返し見ていると「頭打ち感」のほうが次第に強く感じられるようにもなってくるのも確かである。作品を巨大化させるにせよ、大量化させるにせよ、物理的限界というものがあるからだ。まるで「現代絵画」が辿ってきたようなその壁をどーするのかなーとそれほど熱意も込めずに傍から眺めていたのであるが、本展の展示にはその頭打ちの天井を見事に突き破って穴をあけたような驚きがあったのである。
 横長のキャンバスに描かれた絵がストライプ状に縦に連なり巨大な画面を形成するという仕様の作品を、歪なかたちの狭い画廊空間に展示するために分解し、まるで梁のように空間内に縦横無尽に張り巡らした展示。完成されたイメージを別に(潜在的に)持つことでかえってそれを強く想起させ、それと同時に絵画の物質的な側面を過去のどの展示と比べても際立って強く見るものに実感(体感、と言ったほうが適切かもしれない)させる。しかもそのアクロバティックな展示は「ケタはずれに巨大な絵画を狭くて歪な形をした小画廊の空間に展示する」という必要に適っており、ちゃんと筋も通っているのだ。
 必然的に近距離からの鑑賞を強いられることになるのだが、そのことによって絵の具の微妙な質感が見えたり、バラバラに分解されランダムに配置された画面によって色彩へのより強い自覚を促されたりもした。これまでともすればパターン認識的に見て済ませてしまっていたこの画家の絵の今まで気付かなかった側面にも目を開かされた展示だった。



 以上七名の比較的自分と年齢の近い絵画作家の印象に残った個展を列挙してきたわけだが、「絵画」に対する自分の関心が変わってきた例として、参考としてもう少し年の離れたベテラン画家も二人ほど追加しておきたい。それは岡崎乾二郎(1955年生まれ)と小林正人(1957年生まれ)である。

 岡崎乾二郎の個展は今年二つ、南天子画廊(6〜7月 URL)とTakuro Someya Contemporary Art(11〜12月)で見た。前回の南天子画廊での個展あたりからこの作家の作品に対する見え方が自分のなかで変化してきたように感じていたのだが、それは今年見た二つの個展でより確信に近付いたような気がした。以前はこの作家の長文のタイトルと絵を組み合わせる仕様や、生のアクリル絵の具の散らし描きや、キャンバスの木枠へのコラージュなどの技法が、その「形式」自体が前景化して見えてしまってどうも好きになれなかったのだが、近年の作はペインティング自体の「詩性」のようなものが上がって、タイトルと絵の融合度が明らかに以前より高まっているように感じられるのである。つまり以前は「形式」にしか見えなかったものが「表現」として受けとめられるようになり、「絵画」である以上に一つの「詩」のかたちとして解釈できるのではないかとさえ思えるようになってきたのだ。とは言え作品の形態や外見が目立って変化したわけではないので(というかぱっと見だけではほとんど変わっていないように見える)、はたしてこの変化が作家の側の変化なのか、それとも受け手である自分の変化なのか、はたまた時代の変化とかなのか、いまのところまだ答えは出ていない。

 小林正人も岡崎同様にずいぶんと長いこと見ている作家で(初めて作品を見たのはたぶん1991年の佐谷画廊での個展)、その絵の魅力に気付くのにもかなり長い時間がかかった画家である。少しずつ少しずつ時間をかけて(それこそ十年以上かけて)その絵の魅力が感じられるようになってきたのだが、それでも現在の画風(通称「ひどい絵」?)を2010年の個展で初めて見たときは「う〜ん、コレはいまいちピンとこないなー」程度の感想しか持てなかったのだ。それがどうしたことか、今年見た個展「Thrice Upon A Time」(シュウゴアーツ 10〜12月 URL)では、なんかもーベタに快感中枢を刺激される感じになっていたのである。これもまた作家の側が変化したのか、見る側の自分の感性が変化したのか、いまひとつその原因がワカラナイ。

 自分の「絵画」への関心についてさらにもう一点情報を付け加えるならば、もともと見る機会自体が少ないということもあるが、同時代の欧米の作家(ホックニーやリヒターといった老大家は別にして、もっと下の世代)の絵画作品をギャラリーなどで見ることがあっても、だいたい理が先走っているように見えてしまって、魅かれることがほとんどないのである。他のメディア(映像、写真、インスタレーション)に比べて、絵画に関しては自分のなかに内外格差があるような気がしてならないのだ。
 つまり自分が魅かれる「絵画」とは「Painting」と完全に重なるものではなく、「絵画」という言葉に対する解釈の問題をも含むナニカであるということなのではないだろうか。その意味では「〈Painting〉と完全に重なるものではない〈絵画〉」の始祖的存在でもある黒田清輝の大回顧展(東京国立博物館 3〜5月 URL)が今年開催され、「絵画」の根を確認するという意味合いにおいて大変興味深く見たこともここに記録しておくべきかもしれない。



印象に残った「良く出来た展覧会」

ボッティチェリ展」東京都美術館(1〜4月)URL
浦沢直樹展」世田谷文学館(1〜3月)URL
ジョン・ウッド&ポール・ハリソン 説明しにくいこともある」ICC(2015年11月〜2月)URL
カラヴァッジョ展」(3〜6月)URL
若林奮 飛葉と振動」うらわ美術館(4〜6月)
ゴッホとゴーギャン展」東京都美術館(10〜12月)URL
円山応挙「写生」を超えて」根津美術館(11〜12月)URL



 毎年くどいくらい繰り返し書いているが、年末の日記で自分が選ぶ「今年見た印象に残った展覧会」リストの選択の基準は「自分がどのくらい感銘を受けたか=自分にとってどれだけ重要な展覧会だったか」なのだ。したがって今年のように客観的な評価をすればワーストのほうのリストに入れたい「安田靫彦展」のような展覧会を選ぶこともある。
 しかしこーして展覧会を見続けていると、「良く出来た展覧会」と「あまりにも酷い出来の展覧会」が世には混在していて、その差が限りなく大きいにも関わらず、それがあまり世間では語られない(評価の対象とされない)ことに気付くのだ。入場者数による評価は話題性や宣伝力が物を言うのだろうし、メディアに載るレビューなども表面的なテーマのみで内容を判断しているようなもの(レビューというよりもプレビュー的なもの?)が多い。
 もちろんだからと言って自分のような人間が「客観的に評価」してみたところでどーにもならないわけだが、今年はとくに「よく出来ている!」と感心させられる展覧会が多かったので、ここに列挙して個人的な記録としてみた次第である。

以下は、各展示がどう「良く出来ていた」かについての詳細。


〇「ボッティチェリ展

 昨年Bunkamuraザ・ミュージアムで見た「ボッティチェリとルネサンス」展は、フィレンツェという都市に焦点を当てたキュレーションは良かったのだが、肝心のボッティチェリの作品が今一つ良いものが来ておらず、かえってこの展覧会を機に自分のボッティチェリに対する評価は下がってしまった。
 その下がった俺的評価を挽回させたのが本展である。Bunkamuraの展示とは規模(予算)も違うのだろうが、しかしこの展覧会はただ名品を一作でも多く集めることだけを誇るようなバブリーな展覧会とは一線を画していたのだ。
 展示を見ていて感じたのは、工房作の大作で雰囲気を作った後に、ボッティチェリ単体名義の小品でその技量の高さを確認させるなど、展示のなかで必要とされる作品が必要とされるだけ揃えられているという感覚である。もちろん有名作だけで会場を全部埋め尽くせば豪華な展示にはなるだろうが、そんな展示はまず実現不可能だし、実現したとしてもその効果が品揃えの豪華さに見合うものになるとは限らない。たとえば音楽において曲の聞きどころがサビであったとしても、一曲全部サビで埋め尽くしてしまったらその効果がなくなってしまうだろう。一曲の完成度を見るとき、重要となるのはサビを聞かせどころとするための構成ではないか。本展はそうした構成に長けていたと思われるのである。集められる作品数に限りがあるボッティチェリを主題としながら、その限りある出品数のなかで不足を感じさせることのなく「必要なものが必要なところにちゃんとある」ことを実感させていた本展は、サビだけが単調に続くような「豪華な展示」よりも、むしろその「贅沢さ」を感じさせる展示だったのである。
 三フロアーある会場の真ん中をボッティチェリに当て、その前後を師のフィリッポ・リッピと弟子のフィリッピーノ・リッピの親子で挟み込む構成も秀逸で、ボッティチェリの作品理解に貢献していた。とくにフィリッポ・リッピの作品はボッティチェリを凌ぐほどの面白さで、本展の隠れた目玉だったと言ってもいいかもしれない。ルネサンス初期〜中期の遠近法が発明されたばかりでまだ技法的に充分にこなれていない頃の絵には、現代の我々が超高解像度画像や3D、VRなどに見るものと同じか、またはそれを遥かに超えるような「新しい視覚」に対する当時の新鮮な驚きが籠められている。例えば「ヴェネツィア・ルネサンスの巨匠たち」(国立新美術館 7〜10月 URL:この展覧会自体は「良く出来ている」とは言い難い出来ではあったが)などでも冒頭部に展示されていた初期の作品が、絵画が当時の人々にとっていかに「新しい視覚」のメディアであったかその息吹を伝えていて、それに続く「巨匠たち」の展示に比べても断然面白かった。そのうちどこかで「初期ルネサンス展」とかやらないかなーと思うけど、でも人が入んなさそうだから望み薄だろう。


〇「浦沢直樹展

 以前、自分が敬愛する漫画家である谷岡ヤスジの展覧会が開催されたとき「あの玉稿が拝めるなんて!」と胸を躍らせて会場を訪れたのだが、展示された原稿を見ていたら面白いのでフツーに漫画を「読んで」しまい、見終わったときは「これならフツーに本の形で読んだほうが、読みやすくてヨカッタかもなー」などという冴えない感想を抱いただけで終わってしまった。
 かくのごとくマンガ展の難しさは、展示された原稿を「見る(鑑賞する)」のではなく「読んでしまう」ことにあると考える。もともとそれは印刷されて「読む」ものであり、鑑賞するものではないのだから仕方がないのだろう。
 しかし本展はそれを逆手に取って、短いものでも一話分全部、長いものになると単行本一巻分全て(!)を展示された生原稿で読ませるという方法を取ることでこの問題をクリアーしていた。生原稿のまま作品を読ませる手法は本展の発明ではないが(例えばあの夢のように素晴らしい出来だった2010年に川崎市民ミュージアムで開催された横山裕一展も作品一冊分の長さの生原稿を読ませるかたちの展示をしていた)、浦沢直樹の売りである画力の高さを生原稿の状態で確認しながら「読める」のは、マンガの新しい楽しみ方を発見したようでなかなか楽しい体験だった。
 作品紹介などのバランスなども非常に良くて、最近作の『BILLY BAT』を展示の冒頭部に配して、その初回の完成原稿をラフと対比して展示するなど、とにかく痒いところに手が届くような作りの展示だった。
 浦沢マンガに関して言えば、自分は『YAWARA!』までは喜んで読んでいたのだが、『Happy!』の連載が始まった頃に読まなくなって、それ以降の作品は一切読んでいないというかなり距離のある人間で、そもそもこの展覧会も昨年末に同じ会場で開催された「詩人・大岡信展」(これも良展覧会だった)を訪れたときにアンケートに答えて招待券を貰ったので覗きに行ってみただけだったのである。しかし「よく出来た展示」のおかげで、思わぬ充実した時間を過ごせた。かくのごとく「よく出来た展示」は展示対象と距離のある観客をも楽しませるのである。


〇「ジョン・ウッド&ポール・ハリソン 説明しにくいこともある

 展示の評判を自発的に調べなくなると、その結果として話題になっている良展示を見逃してしまうこともままある。この展覧会もあやうく見逃しかけたのだが、最終日に駆け込んでなんとか事無きを得た。会期も長く会場もアクセスが容易な場所だっただけに「なんで今まで評判をチェックしなかったんだ…」と展示を見たときは自分を責めたくなったが、同時に見逃さずに済んだことに胸をなでおろすような非常に良く出来た展覧会だったのだ。
 ちなみに会期ギリギリになりながらも見に行ったきっかけは、「美術手帖」に展示のレビューが掲載されたからである。と言ってもレビューの内容に触発されて出かけたわけではなく、会期中にレビューが掲載されたので「レビューの信頼度がどのくらいあるかひとつ確かめてやろう」というひねくれた好奇心から出かけたのだった。
 では実際に見てみてレビューの信頼度はどうだったかというと、正直言ってそれは今一つ判断が付かなかった(汗)。しかしレビュー末尾に置かれた「映像に絞ることで焦点の定まった個展となった一方、実践の全貌を見るには彼らの平面、オブジェ、模型などの作品展示も望まれる。空間の手狭さととも、にその点だけ心残りとなった」という締めの一行は、このレベルの出来の展示に対してさすがにそれはないんじゃないかと思わず義憤に駆られてしまった。実際、ICCの企画展示室の「手狭さ」を知っている自分は、この箇所を読んで行くべきかどうか躊躇ったぐらいだ。
たしかに最終日の午後は会場から人が溢れんばかりの物凄い状態になってはいたが、しかしその状態になってもなおインスタレーションの美点が感じられるほど、機能的かつ美的に組まれた素晴らしい展示だったのである。会場の隅から隅までを無駄なく使った本展インスタレーションの機能的な美しさ自体が、自分にはウッド&ハリソンの作品への批評(レスポンス)になっているようにも感じた。もちろん「平面、オブジェ、模型などの作品展示」の必要性などもマッタク感じなかった(それはオマエがウッド&ハリソンの「全貌」を知らないからだろうと言われればたしかにその通りなのだが、しかしあの展示の完成度を崩してまで「全貌」を見せることが、はたして彼らの作品の魅力を伝えることにどれだけプラスになるのか自分には甚だ疑問なのである)。


〇「カラヴァッジョ展

 本展の美質は「ボッティチェリ展」と似ている。すなわち過去最多点数のカラヴァッジョ作品が出品されているという数字上の「豪華さ」以上に、展示のなかで必要な場所にちゃんと必要な作品が揃えられている感覚をもたらす「豪華さ」こそが重要だったと思うのだ。あとはこれで「斬首」のコーナーに『ホロフェルネスの首を斬るユディト』が展示されていたら最高以上なんだけど…などとも思ったが、いくらなんでもそれは高望みが過ぎるだろう。カラヴァッジョ以外のカラヴァッジェスキの作品も質が高いものが多く、作品を見る目の快楽と当時の画壇にカラヴァッジョが与えた影響の大きさを知る知的な快楽の両方を満たす「よく出来た贅沢な展示」だった。
 ちなみに本展や「ボッティチェリ展」の「必要な作品が必要なだけある“豪華さ”」を説明するために比較として例に挙げたいのが、今年国立新美術館で開催された「ルノワール展」(4〜8月 URL)である。この展覧会、とにかくやたらルノワールの有名作がたくさん来ている「豪華」な展覧会だったのだが、そのわりには以前同じ国立新美術館で見た「ルノワール―伝統と革新」に比べて、どうも全体の印象がパッとしない出来だったのである。それはたとえばルノワール以外の作家の作品でも「パリの街の喧騒」をあらわすためだけにゴッホの油彩画が三枚も展示されているなど「無駄な豪華さ」ばかりが目につき、「ボッティチェリ展」や「カラヴァッジョ展」に見るような「必要な場所に必要な作品が揃えられている」感覚に乏しかったためだろう。


〇「若林奮 飛葉と振動

 昨年、神奈川県立近代美術館葉山で見て感銘を受けた同じ展覧会の巡回展。実はこの浦和会場より先に府中市美術館でも同じ巡回展(1〜2月 URL)を見ていたのだが、こちらは動線の作りにくい空間に無理やり既存の展示を押し込んだ結果、葉山で見たものとは別物の無残な出来になってしまっていた。まったく見どころがなかったわけではないものの、葉山の展示が良かった分、全体としてはひどく失望させられていたのだ。
 それに対してこのうらわ美術館での展示は起死回生。府中はもちろん、葉山の展示をも凌ぐほどの凄まじく良く出来た内容だったのである。
 「本」をテーマにした美術館であるうらわ美術館だけに、本をモチーフとした彫刻《港に対する攻撃ll》から展示はスタートする。初期作品を紹介する最初のセクションでは、全てのものが一寸たりとも動かせないような端正で緊張感を持った展示となっている。府中では会場に合っていない葉山展からの使い回しと思しきくたびれたパネルを無理やり使っていて非常に気になったのだが、本展では会場の大きさに合わせて解説パネル類は新調されていた。それらも本展では展示を構成する重要な要素なのだ。グリッド性を強く意識した展示配置はどこか本のレイアウトをもイメージさせて、良く出来たアートブックのなかを歩いているような楽しさも覚える(グリッド性の強い端正な構成は、若林の初期作品の特徴でもある直線で構成された近未来SF的な閉鎖空間のイメージとも呼応している)。
 それが次の「庭」をテーマにしたセクションに入ったあたりから周囲の景色が変わり始める。直線主体の閉じた空間から、突然見晴らしの良い広い場所に出たような感覚を覚えるのだ。実際に若林が設計した軽井沢・高輪美術館の庭の写真や模型も展示されているのだが、それ以上に《大気中の緑色に属するものll》の鉛板に刻まれた線が遠くに見える山の稜線となり、その前に立つ鉄の彫刻《近い緑ll》が一本の大きな木と化すのである。展示されている作品は葉山や府中のときと同じだし、それが表れる順番も基本的に変わりがないのだが、各展示において作品の見え方がまるで異なるのだ。展示の中での「作品が果たしている役割」が異なっていると言った方がより実情に適っているかもしれない。本展では展示されている作品が、セクションごとの「風景」を展示空間に現出させることに実に効果的に機能しているのである。
 その「庭」のパートの展示室は第一章の展示から進んでくると開けた場所に出たような開放感はあるのだが、しかし広大な大自然を思わせるほどの壮大さはない。遠くに山並みが見えるほどに開けてはいるが、しかし人の手によって一定の広さに区切られた場所、すなわちまさに「庭」を思わせるくらいの体感なのである。
 それがさらに次の展示室へと進むと、今度は自分が森に彷徨いこんでいることに気付くのだ。ここの展開は鳥肌が立つほど素晴らしく、なんだか知らないけど思わず涙ぐんでしまったくらいだった。前の展示室とは仕切り壁で完全に区切られ、斜めに先方向に続く次の展示室がわずかに垣間見えるその空間自体が「森」的なのであるが(気が付いたら辺りが突然に森となっていて、小暗い中でその出口が遠くに見えている感じ)、もちろん通常の展示ではそんなことは微塵も思わないだろう。その場所を「森」にしていたのは言うまでもなく展示されていた若林の作品であり、なかでも特に縦長の大きなキャンバスに鉛筆で樹々が描かれた作品《多くの川を渡り、再び森の中へ》だった。本来は全十八点組になるこの大作(名古屋会場でのみ全点展示)は、葉山の展示でも、府中の展示でも大きなスペースを取っている割にはいまひとつその効果が見えず、全体的に好印象だった葉山の展示でさえ「この作品はサイズのわりにはイマイチだし、別になくてもいいかな〜」と思っていたくらいだった(窮屈な府中の展示ではさらに場所塞ぎな印象が増して見えた)。それが三館のうちでもっとも展示枚数の少ない浦和会場で、初めてこの作品は有効に機能していたのである。本作の会場間での見え方の変化は、それ自体が感動的ですらあった。
 森の中を通った展示は地中の世界(《DASIY》〜《緑の森の一角獣座》)を垣間見て、最後は自然生命のなか(《4個の鉄に囲まれた優雅な樹々》や《飛葉》)へと拡散していく。回廊型になっている展示会場全体がまさに異界巡り的な壮大な構造となっているのである。
そしていったん会場を出た後、一部屋だけ切り離された最終展示室に向かうのだが、そこに展示されているものが現実世界における(つまりオブジェとしての)本の作品なのである。先に書いた通りうらわ美術館は「本」をテーマにコレクションをしている美術館であり、館の独自企画(この巡回展は巡回先の館独自の展示物が必ず追加される仕様になっている)として若林の本の作品を最後にまとめて展示してくるのは予想通りと言えば予想通りではあった。
 予想外だったのは、その「体感」である。異界巡りのようだった本展示を通ってこの最終の展示室に辿り着くと、本のなかに広がる空想の世界を冒険してきた物語の主人公が、そのエピローグで自分が冒険を繰り広げてきた当の本を手にして眺めているような、そんな感覚をすらも覚えたのだ。つまりこの展覧会全体がまるで一冊の本のような作りになっており、展示を一巡することで「本」というオブジェがその内部にはらむ無限の空間をも想起させていたのである。
 会場の建築的特性までも展示のための効果として有効に利用していた本展は、とても物故作家の回顧展、しかも巡回展の最終会場とは思えない驚異的な内容で、「良く出来ていた」などという言葉で表現されるべきものとは別次元の達成を示していたと思う。しかし真に驚くべきは開催館によってこれほどまでの幅広い展示を可能にするこの展覧会の柔軟さと、若林作品の奥深さだろう。先に開催されていた名古屋会場と足利会場の展示が見られなかったことがほんとうに悔やまれてならない。


〇「ゴッホとゴーギャン展

 展覧会の人気(入場者数)とその内容の「出来のよさ」は必ずしも(というかたいていは)関係しない。長年の地道な研究の成果として出来ているような素晴らしい内容の展覧会が閑古鳥が鳴いていて、話題だけで作ったような内容のない展覧会に長蛇の列ができていることも、実にしばしば見かける。そういう体験を繰り返していると、なんとなく「人があまり入っていない展覧会=内容重視の展覧会」:「行列ができる話題の展覧会=内容のない展覧会」といった偏見も生まれてブロックバスター系の大規模展示はついつい避けがちになってしまうのだが(混んでるが嫌だということもあるが)、もちろんブロックバスターにだって「よく出来た展覧会」はある。そして本展は「よく出来たブロックバスター展」の新境地を切り開くような展覧会だったのだ。
 白状すれば自分も見に行く前は「どーせ客寄せ狙いの企画なんだろ?」とナメていた。ゴッホもゴーギャンも単独の回顧展はひっきりなしに開かれているような印象があるし、ここ数年はポスト印象派を主題にした展覧会が続いていることもあって、特にこの二人の作品を見る機会は多い。しかし単独で集客力のある大スターを二枚看板にする方式は美術展では新鮮である。しかもこの二人の関係をめぐるエピソードは美術ファンでなくとも知らない人がいないくらい人口に膾炙している。タイトル付けに悩むこともない。「ゴッホとゴーギャン展」。もうタイトルだけで勝ったも同然だ。内容なんてなんだって構わない。行く前は自分もそう思っていた。
 ところが本展は、稀に見るほどよく出来た内容のブロックバスターだったのだ。展示作は国内の美術館の所蔵品と海外から借りてきたものとが混ざっていたが、そもそも「日本初公開!」とかを謳い文句にするブロックバスターとは全く違った発想の作品選択がなされているのである(そういう意味では同時期に近くの上野の森美術館で開催されていた「デトロイト美術館展」(10〜2017年1月 URL)と本展は好対照だった。デトロイト展は「デトロイト市の財政破綻が云々」というバックストリーを除けば、ホンットに典型的な「一館もの」で、常設展示の一部を縮小して持ってきただけのようなラインアップだった)。
 本展の展示でまず気付くことは基本的に「良い作品」が選ばれていること。ゴッホもゴーギャンも見飽きるくらい既に数は見ているわけだが、それでも「おや?」と目が留まるような質の高い作品が選ばれている。数は少ないが関連作品も見所のある作品が揃えられていて、同じく見飽きるほど数は見ているモネの絵に思わず「おっ?」と足が止まったりする。
 そして「大スター二枚看板顔合わせ」も単なる客寄せ狙いの浮ついた企画ではなく、二人の関係が互いの作品にどのような影響を与えたのか、真面目に検証する作りになっている。その影響の程が今回の展示でどれだけ明らかになったかと言えば、正直言って個人的にはそれほど大きな発見はなかったのだが、しかし専門の研究成果を反映させる作りが展示に信頼性を与えていたのは確かだろう。
 その専門の研究成果を反映させる“真面目な”作りのなかに、本展は大衆向けのエンタテインメント性をまぶしこむのだ。表立っては決して言わないのだが、なんとな〜〜〜くゴッホとゴーギャンの「BL的な関係」を展示のバックグラウンドに匂わせるのである。その最高潮が二人の「破局」が訪れるパートで、ここの展示はあざといくらい上手かった。そのパートで鍵になる作品はゴッホによる《ゴーギャンの椅子》なのだが、その展示の流れで見ると自分には椅子の上の置かれた蝋燭が、ゴーギャンの「男性自身」以外のなにものにも見えなかった(^^;)。
 とは言え二人の関係でもっとも知られたエピソードであるゴッホの「耳切り事件」については展示のなかで一切触れない(展示の途中で差し込まれる関連映像のなかでのみ説明される)など、一定の節度を保って低俗には決して流れないようにしていたことが本展の勝因だろう。その結果としてアカデミックとエンタテインメントが絶妙のバランスでミックスされた稀に見る「よく出来たブロックバスター展」なっていたのだ。
 出品作に関して例えば肝心のゴッホが描いたヒマワリの絵がないなど足りないものを探せばあるのだろうが、しかし本展はゴッホ、ゴーギャンの各人のキーとなる一作(ゴッホは前述の《ゴーギャンの椅子》、ゴーギャンは《肘掛け椅子のひまわり》)をそれぞれのパートのターニングポイントに展示しており、それによって展示の流れがきれいに構成されているので、これにもし例えば損保美の《ひまわり》(1888年)を借りて展示に組み入れたりすると、ゴッホのパートにクライマックスが二つ出来てしまいそのバランスが崩れしまう恐れもある(損保美からは同時期に描かれたゴーギャンの作が貸し出されている)。ゴーギャンの《肘掛け椅子のひまわり》と直接響きあうべき作品が展示前半にないのは一つの完結した展示内で見れば失点であるが、それがさほど気にならないのは二人の知名度による余得だろう(つまりゴッホの「ひまわり」のイメージは展示会場になくとも、ほとんどの観客の脳裏には浮かぶ)。
 展示された作品が与えられた役割を果たし、なおかつその作品に潜在されていた魅力がいかんなく発揮されている展覧会を見るのはほんとうに楽しい。その意味では本展は「よく出来た展覧会」の条件をお手本のように示す展覧会でもあったのである。


〇「円山応挙「写生」を超えて

 東博で開催されるような大規模展に比べれば、本展の規模は中程度。しかしその中程度という規模の利点を如何なく発揮していた良展覧会だったと思う。
 応挙はなかなか良い作品を見る機会が少なくて、生前より喧伝されてきたそのテクニシャンぶりが実感しにくいきらいがあった。たしかに2004年に江戸博で開催された展覧会の図録を見返すと本展の出品作も含む大規模な回顧展でそれなりに感心した覚えはあるのだが、その名声の高さがそこで完全に納得できたという記憶はあまりないのだ。
 それに比べれば本展は規模こそかなり小さくなるが、水増し一切なしで逸品のみを揃え、さらにそれを的確に活かした展示構成にすることで、過去にないほど応挙の力量の高さを実感させる展示となっていたのである。
 三室の展示を三章立てにして、最初の展示室を逸品尽くしにしてまず観客を圧倒し、続く第二章で画歴の展開と画帳類など制作の裏側を見せ、最後の第三章で大作絵巻「七難七福図巻」をじっくり見せるという構成も効果的。その中で本展のテーマである応挙の代名詞でもある「写生」が自然を写し取る近代の「写生」とは異なることも示してゆく。
応挙の「写生」のなかには先行する絵師が描いた画帳をソックリそのまま写して学ぶことなども含まれるのだが、第一章の展示作のなかに認められた描写のもとになったスケッチを続く第二章で見せるなど、限られた展示数のなかで「逸品」と「テーマ」の両方を無駄なく効果的に見せる作りが印象的だった。
 もっと展示数に余裕があれば、応挙が描写のネタ元にしたという他の絵師の作品なども展示したいところなのだろうが、しかしそこは展示の解説でカバーするなどそつはない。当たり前と言えば当たり前のことではあるが、しかし世の中には必要な解説が足りていなかったり、無駄な解説が不必要に付けられていたりする展覧会もまことに多いのである。
 ほとんどの作品が展示替えされるためできれば後期の展示も見に行きたかったが、残念ながらそれは叶わなかった。




その他の個人的に印象に残った展覧会

第19回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」国立新美術館(2月)で見たアニメーション文門大賞作品「Rhizome(Boris LABBE作)」URL
横井弘三の世界展」練馬区立美術館(4〜6月)URL
奥村雄樹による高橋尚愛」銀座メゾンエルメス フォーラム(6〜9月)URL
ポコラート全国公募展vol.6」アーツ千代田3331(7〜8月)URL
コレクション 福田尚代展」うらわ美術館(9月)
北島敬三“UNTITLED RECORDS Vol. 9 ”展」photographers'gallery(9〜10月)URL
山下雅己 サウンドオブオイルヒューマン 東京編」ギャラリーハシモト(10〜11月)URL
BODY/PLAY/POLITICS」横浜美術館(10〜12月)URL
時代を映す仮名のかたち」出光美術館(11〜12月)
浦上玉堂と春琴・秋琴」千葉市美術館(11〜12月)URL
東京・TOKYO TOPコレクション+日本の新進作家vol.13」東京都写真美術館(11〜2017年1月)URL URL


以下、個々の展示についての覚え書き。


「第19回文化庁メディア芸術祭受賞作品展で見たアニメーション文門大賞作品「Rhizome(Boris LABBE作)

 メディア芸術祭受賞作品展は毎年なにかしらの発見があるのでできるだけ見に行くようにしているのが、今年はずっと低迷を続けていたアート部門がついに完全に沈下し部門自体の存在意義をも疑わせるような事態に至っていたのに加え、毎年必ずなにか面白いものがあるエンターテインメントも目ぼしいものが見当たらず、アニメーション部門だけが一人気を吐いているといった状態だった(マンガ部門は例年通り特に新しい発見はないが、受賞作の原画などが見られるのが楽しい)。
 そんな好調なアニメーション部門のなかでも、大賞受賞作品のBoris LABBEの「Rhizome」から受けた衝撃は別格であった。技法的にはブリューゲルやボスの絵画をモチーフにした榊原澄人のアニメーションのように、画面のなかでループする運動を繰り返すものが集合して全体を構成していく作品なのだが、榊原作品に比べこちらは抽象の度が高く、最後には宇宙的なスケールにまで発展していき見るものを唖然とさせる。まさに「今までに見たことのないイメージ」であり、単体の作品としては今年もっとも驚かされたもののひとつであると言ってよい。
 ちなみにメディ芸の関係で付け加えれば、秋に開催された「文化庁メディア芸術祭20周年企画展」(アーツ千代田3331 10〜11月 URL)は、「展覧会」というメディアの特性をまったく理解していない駄展示で、「入場無料」に釣られてノコノコ見に出かけた自分自身を責めたくなった。


〇「横井弘三の世界展

 ありえたかもしれないもう一つの「美術」の可能性を見るという意味で興味深く見た。
 横井弘三は早くに二科展で入賞を重ね画壇の中核近くにもいた画家だが、1926年に東京府美術館(都美の前身)の開館記念に開催された「第1回聖徳太子奉賛美術展」の審査基準などをめぐって藤島武二に代表される当時の既成画壇と対立。自ら無鑑査、自由出品のアンデパンダン展を主催するなどして対抗するも、結局は政争に敗れるようなかたちで「美術」の表舞台から退場し、戦争を機に長野市に移住。中央画壇から遠く離れたその場所で一人制作を続けた。
 本展では横井に付けられた呼称「日本のアンリ・ルソー」がことさら強調されるが、しかしその場合の「アンリ・ルソー」はピカソらにも影響を与えた近代美術史のキーパーソンとしての「ルソー」ではなく、もっぱら「人を微笑ませるのびやかな作風」の絵を描いた「素朴」で「素人」な「ルソー」の意味しか籠められていない。しかしルソーの「素朴画」が近代絵画において革新たりえたように、横井にとっての「素朴」や「素人」は選択されたアヴァンギャルドであり、既存の価値観に対抗するための武器でもあったのだ。
 残念ながら展覧会の企画者ですらもそのことを理解できてはおらず、展示解説のなかで横井が独自の画法を多く生み出した理由を「伝統的な技法では正規の美術教育を受けた画家に及ばないのを知っていたからではないか」などと邪推しているほどである。横井の初期の活動に関する資料を展示するなど重要な素材を提供しながらも、展覧会全体としては「中央の画壇で挫折して地方に移り住んだ変わり者の素人画家と彼を支えた支援者」という「いい話」で終わってしまっているのはなんとももったいなかった。
 そうした本展の構成を批判して、アンデパンダン展を主催するなどの活動面から横井を最初期の「アート・アクティヴィスト」として評価する批評家もいるが、それだけでは彼の重要性のほんの一面を見たことにしかならないだろう。アクティヴィスト的な活動はあくまで目的に対する手段でしかないからだ。「ナイーヴ・アートとしての横井」を切り捨て「アート・アクティヴィストとしての横井」のみを取り上げて評価する姿勢は、今ある「美術」の価値基準に照らし合わせてしか横井の作品や活動を評価できないというその限界性において、「ナイーヴ・アートとしての横井」しか評価できなかった本展の構成と実は同じ轍を踏んでいるのだ。
 横井が日本の美術史において重要な意味を持つのは、彼が「美術」の概念の形成期にその中核で「オルタナティヴな価値観」を掲げて戦ったことに他ならない。そのオルタナティヴな価値観こそがすなわち「素朴」であり、「素人」であり、「無審査の展覧会」なのだ。
 それは「美術」という概念をめぐる戦いであり、もし横井がその闘いに勝っていれば、日本の「美術」は我々がいま考えるものとはまったく別物になっていた可能性もありうるのである。すなわち本展に見る横井の作品は「ありえたかもしれないもう一つの〈美術〉」の姿でもあるのだ。
 そしてそこから翻って考えれば、我々が今目にしている「美術」が「横井弘三的なもの」ではなく、「藤島武二的なもの」の末裔としてあることにも気が付くのである。


〇「奥村雄樹による高橋尚愛

 この展示については既にブログ記事にして書いた。展示そのものもさることながら、その感想をブログに書くことによって「芸術」の本質が「奇跡」や「魔法」にこそあるということ(not Logic but Magic)に気付かされたことが自分にとって最大の収穫であった。もちろんその気付きを与えることができるこの展示自体が「魔法」だったのだろう。


〇「ポコラート全国公募展vol.6

 ポコラートももう六回目でそろそろマンネリ化してくる頃かと思いきや、さらにパワーアップしているようで、今年も新鮮な驚きを与えられた。今年は会田誠、鴻池朋子という二人の画家が審査員として加わっていたためか、絵心の豊かな作品が多かったように思う。メモをとってなくて、個々の作品について記録できず残念。


〇「コレクション 福田尚代展

 作品自体は既に見たことのある旧作だし、展示形態も2013年の「秘密の湖」展や「MOTアニュアル2014」のときとそう大きく変わるものではないのだが、緊張感のあるインスタレーションによってまったくの初見であるような感慨すら受けた。個人的には本を折りたたんでいく作品である《翼あるもの》の一冊によって示されていた一行が、たまたまその時の自分に天啓のように響いて、本のなかにある言葉とこんな出会い方もあるのかと驚かされたことが印象に残っている。
 展示ではないが今年上梓された書籍『ひかりの埃のきみ』(平凡社)は、王朝仮名文学とシュルレリスムが合体したようなトンデモナイ作品で、正直自分はまだその衝撃をうまく客体化できないでいる。オートマティスムのさらに先を行くその表現は、「人間(ヒト)の為す表現」の臨界を突破してしまっているようにさえ思われる。人はこんなにも深いところまで潜って行けるのかと、自分など思わず恐怖すら感じてしまう。
 自分はかつて「アーティスト・ファイル2010」で見た福田の展示の感想として「福田尚代=紙魚」という結論をTwitterに書いたのだが、まさか紙魚がコツコツと空けていた孔が、これほどまでに宇宙的なスケールを持つ地図であったとは、当時の自分には微塵も気付けていなかった。この書籍に関しては「今年の」云々ではなく、それこそ千年単位のスケールで捉えるべきなのかもしれない。貫之とブルトンに読ませたい本。


〇「北島敬三“UNTITLED RECORDS Vol. 9 ” 展

 今年見た同シリーズ三回の内ではこの Vol. 9が一番よかった。たまたま同じ日に「トーマス・ルフ展」(東京国立近代美術館 8〜11月 URL)を見ていたのだが、両者を比較することで新たに気が付いたことも多い。
 簡単にまとめればそれは「写真」をテーマにしつつもその着地が常に「絵画」的な領域であるルフの作品に対し、北島の写真は幾何学的な画面構成の妙など絵画的な装いに目が行きがちであるが、その本質は「写真」的なものにこそあるということ。
 とくにイメージのなかに「時間」の存在が感じられるという特色は、ルフとの比較で気が付くことができた。本展の出品作で言えば、砂浜に貼ったロープが作る三角形を通して見える荒れ狂う海のその動性。あるいは寸又峡のトンネルの向こうから今にも誰かが現れそうなあの感じ。
 いまのところ本シリーズは見逃しなく全て見ているので、来年も引き続き見ていきたい。


〇「山下雅己 サウンドオブオイルヒューマン 東京編

 謎の人型彫刻(陶製のものと木に油絵具で彩色したものの二種類がある)と独特なドローイング(マンガのコマ割りのようなフォーマットのものや息苦しいまでに描き込んだ細密画など)と謎のカセットミュージック(電子音系)とサボテン(本人の趣味らしい)が違和感なく一つの空間を形成しているあまり他に類を見ない感じのヘンテコな展示だった。
 カセットミュージックは別の人が作っているという話だったのだが、作品との組み合わせが絶妙で、その相性の良さは「松本力×オルガノラウンジ」をも想起させた。既存の「美術」の枠から食み出してしまう感じも松本さんとちょっと似てる気がするが、松本力がアニメーションという強力な「落としどころ」を持っているのに対し、この作家の場合はそれがあまり見えない。自分的にはそこに親近感を覚え、魅力も感じるのだが、同時にそれはこの「とらえどころのなさ」にも繋がっているのだろう。
 でもチェックしておきたいと強く思わせる作家だったので、ここに記録しておく。


〇「BODY/PLAY/POLITICS

 「分断」がキーワードだった米大統領選に象徴されるように、今年は信条や信仰の異なる層のあいだで「言葉が通じなくなる」現象が世界の至る所で散見された年だった。意思疎通が叶わないもの同士のあいだでは「ただしさ」は意味を持たなくなる。それが理解できぬものは己の「ただしさ」にのみ固執し、その結果として言葉はどんどん内向きになっていく。「知識階級」や「PC(ポリティカル・コレクトネス)」への反発はその一環でもあるのだろう。相手に伝えようとする意思の見えない言葉は、その上滑りした「ただしさ」を見透かされて「分断」の度をより深めていく。
 コンテンポラリー・アートの作品が同時代の社会情勢や政治状況に敏感なフリをしながら、その実態は「内輪」にだけ向けたPCに堕しているような例も頓に散見されるようになっている。本展も一歩間違えればその轍を踏んでいたかもしれない。
 それ救ったのは本展の「構成」であった。本展の出品作家は六名。白人のオペラ歌手が占めるべき位置を黒人女へと置き換えた映像作品などを展示するナイジェリア系イギリス人のインカ・ショニバレMBE。ポンティアナック(マレーシアの伝承的な幽霊)に扮した女性たちがあけすけなガールズトークを繰り広げる映像作品のマレーシア出身のイー・イラン。炎を上げながら回転する扇風機の映像インスタレーションを展示するタイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクン。オートバイの排気口に装着したビニール製のチューブが街の中を縦横無尽に展開する映像およびインスタレーションのベトナム出身のウダム・チャン・グエン。沖縄や東京のストリートやそこで出会った人々のポートレートを撮影する石川竜一。ボディビルディングの歴史を日本の被植民の歴史と絡めて語るインスタレーションの田村友一郎。
 展示はこの六名の出品作家がそれぞれ一室を与えられ(チャン・グエンは展示室を繋ぐロビー部)、観客は上記の順番で展示を見ていく。展示室の構成としては会場の左翼の二室(ショニバレMBE、イー・イラン)と右翼の二室(石川竜一、田村友一郎)を中央のアピチャッポンとチャン・グエンが繋ぐようなかたちになる。
 もしこの中央の二人の作品が存在しないで、左翼の二人と右翼の二人が直接繋がるような構成であったならば、おそらく展示の見え方はかな違ったものになっていたと思われる。その場合は本展の秘められたテーマでもあったであろう「他者との共生」が「強制」にも感じられてしまうようなPC的な息苦しさが生れていた可能性もあると考えるからだ。
それと言うのも昨今の趨勢のひとつである「反多様性」や「反エリート」の立場に立つならば、ショニバレMBEの作品は人種PC的に紋切型に、イー・イランはジェンダーPC的に露悪的に、石川竜一は他者との距離の近さが強迫的に、田村友一郎はスマートな手法が「エリート言語」的に、見えなくもないからである。もちろんそれぞれの作品はそれだけで片付けられるものではないのだろうが、それが一括して「リベラル寄り」で「エリート的」であるとレッテル付けされた瞬間から、異なる思想や主張を持つものにはそのレッテルしか見えなくなってしまう。つまり「言葉が通じなくなる」のだ。もし本展の構成がわずかでも異なっていれば、その全体が単なる「内輪向けのPC」と見なされて終わっていた可能性も高いと考えるのである。
 しかしそれを救っていたのが会場の中央に配されたアピチャッポンの《炎(扇風機)》とチャン・グエンの《ヘビの尻尾》(チャン・グエンのもう一つの出品作はカタルシスに欠け単なる暗喩に留まってるように思えた)の二作品だったのだ。太陽を思わせるかのようなアピチャッポンの映像インスタレーションの異界性と、チャン・グエンの映像作品におけるビニールチューブを伝って都市のなかを駆け巡る人の視点を超えた視覚のカタルシスが、現世的な視点を浄化し、無効化していたのである。つまりこの二作品が会場の中央に配されることによって、思想や信仰に基づく党派的な二項対立の視座が融解され、他の四作家の展示を見る目にも変化を与えていたのだ。
そもそも「肉体」「社会的役割」「政治」といったテーマに対して芸術がなしうる最上のことは、それらの現世的な意味を超える(無効化する)高次の視座を示すことではないだろうか。本展における上記の作品(特にアピチャッポンの燃える扇風機)が果たしている役割はまさにそれであると考えるのだ。
しかしそれは一人アピチャッポン、チャン・グエンのみの手柄ではない。先にも述べた通り、本展でもっとも見るべきはその「構成」の妙だと思うのである。本展の背後に「他者との共生」というテーマが隠されているとすれば、それはともすればPC的な「お題目」にも見えがちな個々の作品における「主張」よりも、多様な背景を持った作家たちの作品が相互に干渉することによって、そこで新たな視座や意味を生み出すダイナミズムにこそもっとも端的に示されているのではないだろうか。
 一例を挙げよう。本展の出品作家は非西洋圏の出身者で占められているが、例えばショニバレMBEの映像作品に登場する西洋邸宅やイー・イランの作品に登場するマレーシア人の女性たちがマレー語交じりで流暢に使う英語などに、文化の支配者としての「西洋」や「白人文化」が影のように現れている。そして「被支配者/支配者」としての「非西洋/西洋」の構図は展示の両端、即ちショニバレMBEと田村友一郎の作品においてもっとも明確に(ステレオタイプに)表される。しかしその硬直した二項対立的な構図が、展示の中央に置かれたアピチャッポンとチャン・グエンの作品で示される高次的な視座によって解きほぐされるような構図になっているのである。その「解きほぐし」は単体の作品の力ではなく、この六つの作品の構成によって初めて生じるものであり、そのことによって始めて本展はPC的な「ただしさ」を超越できるのだ。
 言うまでもないが、それが企画者の「計算」だったかどうかはドーデモイーのである。そのような「読み」が可能な展示であることこそが重要なのだ。作品と同様、展覧会もまた企画者の「意図」や「計算」のみを見ようとするならば、党派的な二項対立の構図から逃れることはできないだろう。
 そしてそのような「読み」をうながすような「現代美術の展覧会」が、最近は本当に希少になっているのである。


〇「時代を映す仮名のかたち

 仮名のかたちの変遷を和歌の歴史と重ねて見せる展覧会。同時期に開催されていた「平安古筆の名品」展(五島美術館 10〜12月)が目の快楽のための展示だったとすれば、こちらは知の快楽をふんだんに与える展示。表現における内容と形式の関係について考える上でも非常に興味深く見た。
 確かに長時間の鑑賞に堪えうる「美」ならば平安時代の古筆が頭抜けている。古筆の展覧会が平安時代中心になりがちだというのも頷けるだろう。しかし言うまでもなく文字は美的な鑑賞のためにのみ書かれるものではない。なによりもまずそれは伝えるべき「内容」をこそ表すものであるはずなのだ。本展では「和歌を表すもの」という仮名の機能に着目し、「表されるもの(和歌)」と「表すもの(仮名の書体)」の変化の相関関係が示される。その結果として古筆を見る目も「美しさ」という一元的な基準から抜け出すのだ。
 たとえば糸のように細い書体を連綿と連ね紙面に縦横に散らし書く平安時代の書体に対し、行を揃えて一字一字が判別しやすい整った書体へと変化する鎌倉時代以降の書体は、そこに「美しさ」だけを求めるのであれば見ていてそれほど面白いものではない。しかしその書体の変化の裏に、和歌が詠まれる場所が私的なコミュニケーションの場から公の晴れの場へと移っていく変化を、あるいはその変化ともに和歌自体が「文芸」化していく様子を見て取るならば、俄然その見え方も変わってくるのである。平安時代末期になると著名な歌人の真筆も見出せるようになり、藤原俊成や定家の個性的な筆跡は、彼らの自身の個性をも表しているようで見ていて楽しい。
 鎌倉時代に入ると自詠自筆の遺品も増えてくるが、そのわりに仮名の形は定型化して個々人の個性が見えにくくなるという解説も、和歌の歴史を反映しているようで面白い。南北朝〜室町時代の「バロック化」した文字も、その押しの強さの裏にある乱世を思うと凄みを感じる。
 内容と形式の関係ということで言えば、南北朝〜室町時代前期に宮廷社会の衰退と武家の歌壇への参入を背景に短冊を用いた手軽な歌会「続歌(つぎうた)」が流行するのであるが、この短冊に歌を書く際の形式がそのうち懐紙に歌を書く場合にも採用されるようになる。つまりそれまで歌の横に書かれていた歌題が歌の頭(上部)に書かれるようになったのであり、一見して「歌題の並び」の前景化が明らかなのである。ここから連歌の式目や題詠中心の作歌に発展していくのではないかと連想を膨らませていくと非常に楽しい。
 しかしこの展覧会、空きスペースには和歌をモチーフにした工芸作品を配するなど徹底して「和歌」に拘った内容にも関わらず、タイトルにもサブタイトル(「国宝手鑑『見努世友』と古筆の名品」)にも「和歌」の二文字が見当たらないのはどーなんだろ? 確かに「和歌クラスタ」が今の世の中にどれだけの人数いるかわからないし、いたとしても展覧会の観客としてはあまり見込めそうもない。ならばとりあえずは集客の見込める「展覧会クラスタ」に直球で訴える「国宝」の二文字の選択となったのかなーなどと勘ぐってみるが、せっかく内容が面白いのに、その面白さがうまく宣伝されていないようなのはちょっと勿体ない。


〇「浦上玉堂と春琴・秋琴

 浦上玉堂とその息子である春琴・秋琴の三人三様の「文人画」を紹介する展覧会。本展の眼目のひとつとして生前は父親以上の人気絵師だったという春琴の再評価があったのだと思うが、残念ながら自分には父親の玉堂とは異なり、敢えて現代に再評価しなければならないほどの画家には思えなかった。しかしこの三者を並べることによって見えてくるものもあり、それこそが本展の見所だったように思う。
 最近の自分の関心から絵と言葉(賛)の関係に注目して見てみたのだが(それにしても賛を翻刻して掲示してくれる展示は本当にありがたい!)、そこから気が付いたことが三つあった。
一つは玉堂の書く字が非常に魅力的であるということ。特に得意にしたという隷書体の字が素晴らしい。他の絵師が描いた絵でも玉堂の隷書体の字による賛が入ると途端に見え方が良くなるような、そんな磁力を持った字なのである。五十歳になったときに武士を捨てて文人の道に入った玉堂は絵師としては遅咲きであり、画歴的には書の完成度に対して絵が後から追い付いていったようにも見える。
 二つめは玉堂が自身の絵に書き入れる賛は「詩」のみであるということ。六十代以降に画風が完成されてからは漢字四字の「画題」のみに集約されるのだが、それ以前は複数行にまたがる漢文が自賛されていることが多かった。そしてその賛の内容が皆漢詩だったのである。会場にて自分が解釈しえた限りでの話なのだが(一応この日記を書くにあたって若干調べてみたのが、ゼンゼンわからなかった。美術全集の類で賛について解説しているものはほとんどないし、国立新美の美術図書室に2006年に岡山県美と千葉市美で開催された玉堂展の図録があるとわかったので行ってみようとしたところ、とっくに年末の休室期間に入っていて断念。来年になったらまた折をみて調べてみよう)それでも大まかな傾向としては間違っていないと思う。ではそれが文人画においてどれくらい珍しいことなのかと言えば、これも自分が調べた範囲ではわからなかった。しかし息子である春琴の本展出品作や、あるいは同じく同時代の文人画家である田能村竹田の昨年出光美術館で見た回顧展(この展覧会は賛についての解説が非常に丁寧だった)で見た絵などとはだいぶ違っていたように思う。二人とも漢詩以外に「これこれこういう理由で描きました」といった内容のエッセイ風(?)な説明文が書き入れられていることが多いのだが、玉堂の絵は(自分が解釈しえた限りでは)ひたすら漢詩一辺倒なのである。
 そのこととも関係するのだが気付きの三つめとして、その書き入れられた詩と玉堂の絵が完全にシンクロしているということ。そして、それが完成するのが六十代以降の作品だと思うのだ。先に述べた通りその時期の玉堂の賛は多行にわたる詩文ではなく漢字四字による「画題」のみが書き入れられることが多いのだが、自分はこの「画題」もただの画題ではなく「詩」なのではないかと思うのである。玉堂が記録を付けて同じ題を入れることを極力避けるようにし、同じ題で描く場合も全く違った解釈の絵を描いたという展示解説は、その考えを裏付けているように思えた。実際、玉堂の字で玉堂の絵に書き入れられたその四文字の漢字は「詩」以外のなにものにも見えないのだ。単なるデザイン的な適合を遥かに超えて、字と絵が呼応してその四字の“奥”に広い世界がひろがっているような、そんな感覚を呼び起こすのである。
 そしてこれら三つの気付きから自分が導き出した仮説は、玉堂にとって絵(文人画)とはすなわち「詩」を描くものだったのではないかということだ。もちろん漢詩をモチーフに絵を描くことは文人画の定番のひとつだっただろう。しかしこと玉堂の絵に関しては、その領域を遥かに超えているような気がするのだ。それは玉堂がほとんど山水画しか描かなかったこととも関りがあるのではないだろうか。つまり中国の故事や、偉人の像といったモチーフでは“描けないもの”を描こうとしていたがゆえに、玉堂の描く絵のモチーフは山水のみにならざるを得なかったのではないのか。そして自分はその玉堂が描こうとしたものこそ「詩」だったのではないかと思うのである。詩の「内容」ではない。詩が伝えうる「詩」としか言い得ないものだ。
 その背景として考えられるのは、玉堂が自らのことを絵師ではなく音楽家であると見做していたことである。キャリア的にも玉堂はまず七弦琴の専門家として、そして二冊の詩集を上梓した詩人としてその芸術家人生をスタートさせているのだ。そのとき彼の音楽家としての資質が、漢詩への理解を単なる教養的なものには留めなかったと想像することは可能だろう。その玉堂が中年期以降に文人として絵をも本格的に始めたとき、そこで描くべきは教養としての中国の風景ではなく、音楽的資質によって看取した漢詩における「詩」の世界(エッセンス、こころ)だったのではないだろうか。つまり文字(書)であらわされた「詩」と同じものを、絵によってもあらわそうとしていたのではないかと思われるのである。そしてその完成期に賛が画題四字のみに縮小されたのは、それまで言葉(文字)によって表されていたものを、絵があらわし得るようになったからなのではないのか。
 玉堂にはフリーハンドで描いた丸や四角の窓を縦長の紙に縦にいくつか並べて、それらをフレームに見立ててその内に絵を描くという他の画家にはない独特の作風の作品もがあるのだが、これなども彼が絵を言葉の構造に見立てて試行した実験絵画だったのではないかなどと想像してしまうのである。そのようなことを考えさせるまでに、玉堂の絵における「詩書画一体」の境地は比類がないのだ。
 そんな父玉堂に対して、息子である春琴が描く絵は正反対なのである。絵と言葉(賛)の関係から見ると、そもそも春琴の絵には詩が書き入れられること自体が少ない。他人が書く賛の場合が多いということもあるが、詩が書き入れられるときも絵と文字(詩)は別物として分離しているように見える。幼いころから画業に長け、人気の職業絵師だった春琴は、父玉堂と違ってまずビジュアルとしての「絵」からスタートし、一貫してそこからはみ出ることはなかったように見える。玉堂親子三人の中ではもっとも「巧みな画家」ではあるが、先行作品を範としたその絵は悪く言えば「図」的でもあり、敢えて現代に再評価するには値しないのではないかと自分が考える理由もそこにある。春琴自身は単なる職業絵師ではなく文人としての意識が高かったというが、彼の描く文人画は「“文人画”という様式で描かれた絵」にしか見えなく、玉堂の文人画とは全く種類を異にするものである。
 春琴が父親から絵の才能を引き継いだとすれば、弟の秋琴は音楽家(楽人)としての才能を引き継ぎ、その道で活躍した。その秋琴が描く絵は、典型的な自分の楽しみのために描く余技の絵という意味における「文人画」である。職業絵師である春琴が描く絵のような「図」的な硬さはないが、父親の絵にあるような書(詩)と絵が一体になったような感覚をそこに見ることはできない。音楽家である秋琴が描く絵の玉堂の絵との違いは、玉堂の絵に見る「音楽性」が、単に彼の音楽家としての才能に由来するものではなく、「絵を描くこと」に対する根本的な姿勢の違いに発しているのではないかという自分の仮説を裏付けてくれるようにも思えた。
 以前自分は熊谷守一を題材にして「人はなぜ絵を描くのか?」というテーマだけは壮大で中身の甚だ足りていない駄文を書いたことがあるが、本展はまさに玉堂親子の三者三様の「文人画」を比較することによって、各人が持つ「絵を描くこと」の意味の違いをもあぶり出す非常に興味深い展示であったと思う。そしてその守一旧蔵の玉堂の絵が展示の最後のパートにあったのも自分にとっては嬉しい発見だった。守一はいったいどのような目で玉堂の絵を見ていたのだろうか。


〇「東京・TOKYO TOPコレクション+日本の新進作家vol.13

 「BODY/PLAY/POLITICS」の欄でアピチャッポン作品が会場中央に置かれたことの重要性について書いたが、本展の最終展示室に田代一倫の展示が置かれた意味はそれ以上に大きいかもしれない。そこでは大きな「反転」が行われるのだが、それが展示の最初や半ばに起こったのではやはり具合が悪いのである。
 その田代の写真についての詳しい考察を、展示を見た翌朝に必死で書いたメモを整理して書こうかと思っていたのだが、さすがにちょっと疲れてきたので略す。(来年からもうこの形式で年末日記付けるのやめよう。タイヘンスギル。。。)




(敢えて挙げる)悪印象の展覧会

 東京圏に住む美術クラスタに「今年見たワースト展覧会はなんですか?」というアンケートを採ったら「MOTアニュアル2016 キセイノセイキ」(東京都現代美術館 3〜5月 URL)はかなり票を集めそうな気がする。というのもこの展覧会はちょっと前例が思い付かないほどまでに「欠陥」が目立つ展示だったからだ。その「欠陥」の原因も火を見るよりも明らかで、「MOTの学芸員とARTISTS'GUILDとの恊働キュレーションによるMOTアニュアル」という誰がどう聞いても頭に十個くらい?マークが浮かびそうな謎の体制に対する説明が一切なされないばかりか、そこから当然生じるであろう矛盾をより拡大して強調する「規制」というテーマを選び、そのままオチもなにも付けず自滅したような内容の展示となっていたからだった。自分が見たのは会期前半のおそらくもっとも会場に「物が少ない」時期だったと思うのだが、やたら空白ばかり目立つその展示は「規制というテーマを示すための意図的な空白」と「マジで規制されて展示されるべきものが展示されていないための空白」と「規制の対象になりそうだけどちゃんと展示できている作品」が混在するといった有様で、ツッコミ所が多すぎるどころかツッコミ所しかないくらいのイキオイだったのだ。
 ではキセイノセイキが俺の今年のワーストかというとそうではなくて、実はこれほどまでに「欠陥」が目立つ展示だったわりには(という条件付きだが)見終わった後の印象はそれほど悪くなかったのである。少なくとも「ダマサレター! カネカエセー!!」とは思わなかった。それは展示の出来の酷さにもかかわらず、やはり「ここでしか見られないもの」が見られたという手ごたえがあったからだろう(念のために付け加えておくと、それは「前代未聞の欠陥展示」といったようなネガティヴな意味ではなく、個々の作品や、あるいはうまくはいっていなかったが意図されていた「こころざし」の部分などのことである)。
 見た後の印象の悪さということで言えば、キセイノセイキのよりも同時期に開催され一部出品作家も重なっていた「六本木クロッシング2016展 僕の身体、あなたの声」(森美術館 3〜7月 URL)のほうが個人的にはずっと悪かった。ただこの展覧会に関しては、見終わったあと急速に展示の印象が薄れてしまったので、正直言って現時点では何がそんなに悪印象だったのかいまひとつ実感を伴って思い出せない。しかしTwitterに書き込んだ当時のメモを参考に無理やり記憶を召喚するならば、それは次のようなことだったのではないか。
 今年聞いたニュースのなかで興味深かったものとしてアメリカのアート関係の仕事で男女の賃金格差が見られることが調査でわかったという話題があった。他の分野に比べgender equalityの主張が目立つアート業界で、なぜ賃金格差が生じるかという疑問に対してこの記事のなかでは「人は言っている主張と無意識にやっている行動が食い違っていることが多い」という一般論を結論としているが、まさにその「上辺だけのただしさ」の信憑性のなさこそが、彼の国の(というか世界全体における)リベラルや知識階層への(そして延いては「アート」への)信頼の失墜にも繋がっているのだろう。
 そして今年の六本木クロッシングに見られた「言っていることとやっていることがまるで食い違っている口だけのただしさ」の露骨さは、米国アート業界の賃金格差どころの話ではなかったのである。たとえば「他者」や「身体」をテーマに掲げながら、観客の身体性をまるで考慮に入れていないような展覧会の構成と美術館の態度や、「“作品様”の為にじっと立たされていたり、知らずに演技させられたりする」といった他者を単なる自作のための素材としてしか見做していない(ようにしか見えない)出品作。あるいは「BODY/PLAY/POLITICS」の欄で出品作が相互に干渉することでプラスの効果を上げていた旨について記したが、本展はその真逆で出品作同士が足の引っ張り合いをしており、「声」をテーマにしながら素人芸や素人朗読の作品が被りすぎていて見ているとどんどんイライラしてくるといった有様。もう「言ってることとやってること」の食い違いがあまりにも激しすぎて、タイトルの「僕の身体、あなたの声」は自虐的なギャグなのかと疑うほどだったのだ。そもそもこの展覧会におけるもっとも身近な「他者」であるはずの展望台や「セーラームーン展」目当てで森美術館に訪れる客たちを端から「相手にしない」ことを前提に作られた展覧会の構成や作品形態に、本展のテーマがただの「現在の業界のトレンド(“ただしい解答”)」の反映でしかないことが表れていたのではないだろうか。そうした「社会(外側)」を向いているようでいながら結局は「内輪」にしか目が向いていないことがあからさまな「上辺だけのただしさ」(言い換えれば、「ステートメントや企画書向けの“ただしさ”」)の閉塞感こそが、この展覧会の「印象の悪さ」の最大の原因だったのだと思う。
 それに比べればキセイノセイキのほうは展覧会としてほとんど成り立っていないような欠陥展示ではあったものの、まだ「外側」に向けて弾を撃とうとしているようには思えたのだ。それが見終わった後の「内容のわりにはそんなに悪くない印象」にも繋がっていたのだと思う(しかし会期後半になって内情の暴露合戦のようなものが始まって「館と出品作家の対立」みたいなものばかりに興味が集中し、せっかく広いものを撃てる可能性を秘めていたものが、結局内輪のなかでも超極小の内輪の話に収縮して終わってしまった感があり、むしろ「展示を見終わった後の後」の印象は、六本木クロッシング以上に悪くなってしまったのだが)。
 では六本木クロッシングが自分の今年のワースト展かと言えば、そんなことはもちろんなく、結局この展覧会は現在のアートシーンにおける動向のひとつの典型だったのだと思う。その意味では汎用性のなさそうな個別的な欠陥の目立ったキセイノセイキと、シーンに通底する汎用性のある問題が目立った六本木クロッシングは好対照の展覧会だったと言えるかもしれない。
 では結局今年のワースト展はなにかと言えば、去年や一昨年のような意味での「悪い印象」の展覧会は見当たらない(「印象=後味」の悪さという意味では「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」を挙げたくなる誘惑にも駆られるが、それを説明するにはイベント開催日に見に行って不完全なかたちでしか展示を見られなかったという個人的な事情にも触れなくてはならず、なんとなく愚痴っぽくなりそうなので控える)。
 しかしそれでは面白くないのでどーしても一本だけ選べと言われれば、「クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス−さざめく亡霊たち」(東京都庭園美術館 9〜12月 URL)かな? 事前の期待を裏切る呆気にとられるような不出来な展示ということだけならば他にも挙げることができるのだが、この展覧会の場合はその不出来の裏に、「巨匠」や「アート」の傲慢さが垣間見えてしまったような気がしたのが「悪印象」の原因だった。この人はこの地に住みこの建物に何年も何十年も通っている観客の心に、こんな観光者的な浅い目線で、こんなちゃちな仕掛けと自分の母国語ではないコトバを使って、ホントにこの建物に棲みついた過去の記憶の声を甦らせられると思ったのだろうか? もちろんそれが成功していたなら「さすがはボルタンスキー!」と脱帽して拍手喝采となるところなのだが、巨匠ボルタンスキーに対してあまりにも失礼ではあるが「このヒト、ホントに他者に対しての想像力を持ってるのだろうか?」と疑いたくなるくらいヒドイ出来だったのである。temporaryに滞在・展示する芸術家が「その場所の歴史」をテーマに作品を制作する風潮は世界的に大流行りであるが、「他者」としてその場所に立つ芸術家が「自分には見えないもの」への敬意を欠くとどんなに無残なことになるか、それを示すかのような展示だった。




展覧会以外のジャンルでもっとも印象に残った作品

横山裕一『アイスランド』(888ブックス)Amazon
田中宏輔『詩の日めくり』第一〜三巻(書肆ブン)Amazon Amazon Amazon

 現在自分がもっともリスペクトするfavorite Artists二人の今年の新刊。両者とも新作を出すごとに確実に新しい荒野を切り開いていくのが本当に凄い。どちらも小出版社からの出版であることも共通。



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 さて今年が自分にとってどんな一年であったかと言えば、年頭に立てた「今年中に(四年ぶりに)新作を完成させる」という目標がマッタクの捕らぬ狸に終わった年だったということに尽きる。もとより無理な皮算用でもあったのだが、根本の原因はもちろん自分の努力と実力の不足以外には何もない。来年こそは皮算用の達成のために、展覧会を見に出かける日数をさらに削って精進したいと思っている。
 とは言え、こうして一年分の鑑賞日記をまとめて付けるような馬鹿な試みをしてみると、他人の展示や作品を見ることも自分の作品を制作することと変わらないくらい自分にとっては重要な意味を持っていることにあらためて気付くのである。自分の制作だけで考えられることには自ずから限界があるからだろう。つまり自分にとって展覧会とは物を考えに行く、もしくは物を考えるきっかけを得に行く場所に他ならないのだ(その意味では読書にも似ているが、展覧会回りにはその他に外出=運動という大事な目的もある)。
 なので来年は皮算用の達成に最大限努力しつつも、見られるものはできるだけ見ておこうと思っている(ただし、もうこの形式での総括はやめよう。書くのが大変すぎて年末がまるまる潰れてしまう…)。
posted by 3 at 09:44| 日記