2016年01月20日

《ハヤサスラヒメ》と《苦よもぎの泉》

昨年、四十代の男が反原発の主張を訴えるため「電気を使いすぎる」という理由でJRの関連施設を連続放火し威力業務妨害で逮捕されるという“痛い”ニュースがあった。マスコミが悪意をも感じさせるほど執拗に容疑者を「“自称”ミュージシャン」と呼び続けたりとか、容疑者の父親が高名な美術家であったりとか、反反原発のひとびとが反原発のひとびとを揶揄するための格好の肴になったりとか、いろいろ話題にもなる部分もあったらしいのだが、基本的にはどうでもいい。
自分がこの事件に関心を抱いたのは、容疑者が逮捕されたとき父親が言ったとされるコメントである。それは次のようなものだった。

「もし一連の事件が息子の表現の1つだったとしたら、なぜそんなことをしたか、聞きたい。音楽家なら、詞を書いて音楽で表現するべきだった。」

ネットで見つけた二次情報のコピペだが、もとよりオリジナルのソースとて正確な言葉ではないだろう(自分が聞いたNHKのラジオニュースでは「音楽家ならば言葉で表現して欲しかった」といった感じの極度に圧縮されたものだった)。しかし実際に容疑者の父親がなにを言ったかとか、あるいはこの父親と息子の関係がどうであったかとか、容疑者がどんな音楽をやっていたのかとか、この事件の意味するものはなにかとか、そういったことはすべてどうでもいいし、興味もわかない。
自分が唯一関心があるのは、この容疑者の父親が言ったとされる言葉が「表現」というものに関わる問題、あるいはもっと具体的に言えば先の震災や原発事故と芸術表現に関わる問題を照射するナニカを孕んでいるように感じられることなのである。つまり「音楽家なら音楽で表現するべきだ」といったしごく真っ当な言葉が通用しなくなるものがそこにはあったのではないか、ということなのだ。


なにか大きな出来事が起こったとき、それに対する感情や主張を「自分が本来手にしている表現手段」によって表現することは、表現者としては真っ当な態度であると言える。
しかしそこには大きく分けて二つのベクトル(動機)が潜んでいると考えられる。ひとつはその出来事によって生じた現実的な必要性に対して、表現者が自分が本来手にしている表現手段を「自分にできること」のひとつとして使うという方向である。たとえば震災発生当初、様々な分野の表現者たちが各人の「自分が本来手にしている表現手段」を当面の事態に対する「自分にできること」として生かそうと被災地住宅に絵を描いたり、被災者を励ますチャリティコンサートを開催したりしたことは記憶に新しい。その一方、そこから得た思想や感情を表現として昇華することこそを目的とする方向もある。前者が表現の「手段」としての側面を重視(活用)したベクトルであるとすれば、後者は表現行為そのものやその成果こそを重視したベクトルであると言えよう。
もとより一言に「表現」と言ってもその内実は多様かつ複雑怪奇で、単純にその動機を割り出せるものではない。上に挙げた二つのベクトルとて本来は一つの表現のなかに混然一体となって溶け込んでいるものだろう。しかし先の震災や原発事故のような巨大な事態が発生したとき、溶け合っていたそれらのベクトルは分離し、可視化する。その結果として、表現者たちは「本来自分が手にしている表現手段」の妥当性を問われることになるのだ。

災害などの巨大な事態が発生した当初は、即効性こそがなによりも重視される。「表現として昇華する」などといった悠長な話は当然後回しになる。つまりは表現の「手段」的な側面こそがクローズアップされるわけだが、そのときメディアや作家間における各表現の「手段」としての有用性のばらつきが顕わになる。たとえば写真や映像といった表現メディアは、その速報性が事態の必要にもっともマッチしていると言える。実際に先の震災に際してこれらの分野においては、震災発生以前からの自らの表現スタイルを大きく変えることなく事態に対応し、なおかつ作品としての高い成果を挙げた作家も多かった。
しかし同じ写真や映像を表現手段としている者でも、自分の本来の表現スタイルが事態の必要性と必ずしもマッチしない作家も多くいたことだろう。ましてやメディア自体の特性として事態の必要に対して有用性を見付け難いジャンルの表現者はさらに多くいたはずだ。では巨大な事態に直面して「自分が本来手にしている表現手段」の非有用性に向き合わざるをえなくなったそれらの作家たちは、表現者として事態に対してどのようなレスポンスができるだろうか。
ここで表現のもうひとつのベクトルの存在が浮上する。つまり事態の必要性に対する「手段」としては無力でも、その出来事やそこから得た経験や思想を自分の作品として昇華させることならばできるはずなのだ。ことに先の震災のような個人にとっても集団にとっても重大な意味を持つ巨大な出来事が発生したとき、それを自分の作品で表現したいと考えるのは表現者の性としては当然なことだろう。
しかし実はここでも「手段」としての有用性の差異が影響するのだ。というのも、ひとたび「自分が本来手にしている表現手段」が事態の必要に対して有用性を持たないことを思い知らされた作家は、事態が発生する以前と“同じやり方で”他でもないその事態を表現しようとすることが困難になるのである。なぜならばそれは自分の表現の妥当性に対する問いに目を瞑っていることをも意味してしまうからだ。つまりその事態を表現すること自体が、事態の深刻さに「気付いていない」ことを意味してしまうような図式がそこにできてしまうのである

最初に挙げた例に戻ろう。個別の事象に関わると話がややこしくなるので、シチュエーションだけ借りた架空の話ということにする。つまり、ここに先の原発事故に衝撃を受けて反原発の主張を訴えることの必要性に目覚めた一人の無名な中年ミュージシャンがいるとする。彼が事態を深刻に受け止め、自分の主張を広く世に訴えて世の中を自分の主張している方向へと動かすことこそが当面の最重要の課題であると考えたとしよう。その場合、彼がその主張を歌詞にして自分のバンドの僅かな観客に向かって訴えかけるという「手段」は、「目的」から遡って考えたとき、その効果はきわめて限定的なものであると言わざるをえない。それならばテロまがいの犯罪行為で耳目を集めたほうが効果としてはよっぽど大きいのではないか。思いつめすぎてとち狂った彼はそう考えるかもしれない。そのときこの中年ミュージシャンにとって第三者から掛けられる「音楽家ならば歌詞にして表現すればいいじゃないか」といった言葉は、まったくピントを外した意味を持たないものとなる。なぜならばそのとき彼にとって重要なのは自分の主張を世に広く喧伝して社会を動かすことであり、その目的から換算して「歌詞にして音楽で聴衆に問う」という手段を棄て、より高い効果が得られると見込んだ「テロまがいの犯罪行為で耳目を集める」という方法を選択しているからだ。
ではそのミュージシャンが少しは理性が働く人間で、事態に対する即応性はとりあえず諦めて、まずはその主張を自らの表現として昇華しようとしたらどうなるか。つまり「音楽家ならば音楽で表現すべき」という助言に従ったのである。しかし一度は犯罪行為にまで走ってまで自分の主張を世に広めようと急いた彼である。そこで素晴らしい詞や音楽ができたとしても、それで満足することができるだろうか。いやそもそも本当に素晴らしい詞や音楽が作れるのか。なぜならば彼は「自分が本来手にしている表現手段」である歌詞や音楽といった表現メディアの「手段」としての非有用性に既に一度直面しているのである。この状況で“いままでと同じやり方で”自分の主張を歌にしたとしても、人のこころを動かすような説得力のある表現にはなりえないのではないだろうか。その「生ぬるさ」に歌っている自分自身こそが真っ先に堪えられなくなるのではないか。だったらやっぱり犯罪行為で訴えたほうが…と、またぞろ誤った考えが焦燥感に駆られた彼の脳裏を過ぎらないとも限らない。

まぁ架空の話はともかくとして、こんな特殊な喩え話まで使ってなにが言いたかったのかといえば、ようするに事態に対する「手段」としての非有用性に直面してしまった表現によって、その事態を描くことがいかに困難であるかということなのだ。表現の「手段」としての無力さを露呈させる原因となった当の事態を、その非有用性が顕わになった同じ手段によって表現するということは、とりもなおさずそこに「手段」としての有用性に変わるべき「表現することの意味」への問いが発生すること意味する。その問いを無視してまうと、事態の深刻さに対してそれを表現すること自体がむしろ「呑気」に見えてしまう危険を孕むのである。
その結果として犯罪行為にまで走ってしまう喩え話の男は例外中の例外で、多くの表現者はその困難を表現の問題として克服しようとするだろう。そして、そのとき取るべき道として考えられるものは二つある。
ひとつはその事態を直接的に描くことを避けるという道だ。事態を直接題材として描くことが、そのまま「事態の深刻さに気付いていない」ことを意味してしまうような構図の中では、その「深刻さ」を表現するためには可能な限り迂遠な道を行くしかない。しかし考えるまでもなく迂遠それ自体によってなにかを表現することは表現として最高に難度の高いものであり、「描かない」ことが「描かない」という事実だけでむなしく終わってしまう可能性も大いにありうる。
もうひとつの道は自分が本来手にしている表現手段の無力さにとことん向き合い、それを破壊するに到るまで自己反省と自己懐疑を深めるという方法である。つまりそれまで手にしていた表現手段を破壊・放棄し、表現方法を一新することで、その変化自体に事態の深刻さやそこから受けた衝撃を表象させ、その結果として事態を直接的に描くための道を開くのだ。しかしそれは口で言うほど容易いことではあるまい。そもそも「自分が本来手にしている表現手段」は、なんらかの表現上の理由があってこそそれまでその表現者の表現の主手段たりえていたのだろうし、それを簡単に捨てて次はこれといった風にはなかなか行かないだろう。もしできたとして逆にそれが軽く見えてしまう危険がある。そんなに簡単に別の手法に乗り換えられるのならば、もともとそんなに重要なものではなかったのだろうと思われかねないからだ。当然そこでは以前の表現手段との継続性といったものが重要になるのだろうが、継続性の部分が目立ってしまうと今度は「破壊、一新」の効果が薄れ、それが「事態の深刻さに気付いていない」ことを意味してしまう危険を持つ。つまりこれも非常に難度の高い困難な道なのである。

つまりはどちらの道を選択しても成功の可能性に乏しい茨の道なのだが、しかし実は解決の道はもうひとつある。それは自分の表現に「手段」としての有用性があると「信じ込む」という手だ。先の喩え話に登場させた中年ミュージシャンだって「たとえ即効性がなくとも、たとえ数少ない観客相手でも、自分が説得力のある歌詞を書いて人の心を動かすような音楽を演奏すれば、そこで蒔かれた小さな種がいつかはきっと花開き、世の中を動かすことに繋がるんだ!」と自分自身を説得することができたなら、そこで本当に人々を動かすような音楽が生まれる可能性だってあるのだし、ましてや犯罪行為に走るなどといった愚行に及ぶ必要もなくなるのである。
しかし当然そこで問題となるのは、本当にそれを「信じ込む」ことができるかどうかなのだ。生半可なものでは意味がないのである。心の底から揺らぎなく「信じ込む」ところまで行かなくてはならない。
もちろんこの自己暗示的な「信じ込み」の作業は、「手段」としての有用性があきらかな分野においては必要とされない。逆に言えば、有用性が見えにくいジャンルほど「信じ込む」ためには多くの努力が必要となるのである。自分が「信じ込む」ためには、他人をも信じ込ませるよう努めなくてはならないだろう。美術の分野において、震災後に以前にも増して社会との関わりや繋がりを強調する傾向が顕著になったのも、おそらくそうした背景に基づくものなのではないだろうか。「アーティストは炭鉱のカナリア」などといったことが盛んに口にされるようにもなったのも、先の震災を契機にしていたのだ。言うまでもなくその場合の「炭鉱のカナリア」とは、事態に対する「手段」としての有用性のことなのである。

しかしなかにはこの「信じ込み」がとことん難しい表現メディアもある。思うに絵画はその最たるもののひとつではないだろうか。もちろん絵画という表現メディアでしかなしえないことはたくさんあるのだが、なまじ近い過去までは報道や記録といった現実の事態に即した「手段」としての有用性を誇っていただけに、その役割を写真や映像メディアに明け渡したという歴史的事実によって、こと有用性という点に関しては斜陽のイメージが付き纏うのかもしれない。たとえば震災のような事態が起こったときに、それを報道や記録を目的に絵画で表現しようとすれば「もっと簡単かつ正確にできる写真やビデオといった手法があるのに、なぜわざわざ絵画でやるの?」といった疑問がすぐさま湧き上がるだろう。「手段」としての有用性を明け渡したという過去が、かえって事態に対するメディアとしての「役に立たなさ」を強調してしまうのである。
とくに先の震災は千年に一度未曾有の大差異が出会ったと同時に、映像や通信技術が大発展を遂げた環境下における最大の「スペクタクルな災害」でもあった。言葉を失うような映像があらゆる方法で大量に送り届けられるなか、絵画で震災を表現することはさらに「やりにくい」ものになったに違いない。実際に震災や原発事故を直接的なテーマとして取り上げた絵画作品もいくつか目にしてきたが、やはりそのいずれもがテーマの深刻さに対して「呑気」に見えてしまうという陥穽からは逃れていないように思われた。つまり絵画を表現手段とする作家にとって、先の震災や原発事故は鬼門にも等しいテーマなのである。


しかしそんななか「画家が震災や原発事故を直接的なモチーフとして表現した作品」として自分が唯一と言っていいほど感銘を受け、共感した作品がある。それは2014年の初めにコバヤシ画廊での個展で見た岩熊力也の映像作品《ハヤサスラヒメ》だ。
そもそもそれ以前には岩熊力也という画家の作品に自分はほとんど興味を持っておらず、水で洗い流した絵の具の薄まった感じやキャンバスの枠組みが透けて見える地の薄さなどが生理的に駄目で、むしろ嫌いな作家だった。岩熊がVOCA展で大原美術鑑賞を受賞したときも「なんでこんな作家が評価されてるんだろーなー。世間の好みはヨクワカランナー」と思ったくらいなのである。
そのときの個展もたまたま前を通りかかったのでついでにと思って見てみただけだったのだ。展示された作品すべてに感心したわけではなかったのだが、しかしこの絵画アニメーションによる映像作品から受けた衝撃は飛び抜けていた。
作品のなかでは大洪水が都市を蹂躙する様子や、それを映し出すテレビのモニターからも水が流れ出し人々を押し流す様子などが描かれ、直ちに先の震災や津波被害、あるいはそれをテレビの画面で見ていた当時の自分の状況などが連想される。ストーリーは抽象的にではあるが、世界に流出した巨大な「災い」と一人の男の過去の記憶とがシンクロされるように描かれる。
自分がこの作品に驚いたのは、手法の斬新さや表現の洗練度に対してではない。ウィリアム・ケントリッジ以降絵画アニメーション自体はとくに目新しい技法ではないし、映像作品としても編集の冗長さが目に付き必ずしも洗練された出来とは言い難かった。作品内で語られる物語にしても過度にセンチメンタルに傾きすぎて陳腐に堕しかねないような表現もあり、全体としてはむしろ不器用さや野暮ったさの印象のほうが強い。
しかしそんな瑣末的なことをすべて吹き飛ばしてしまうまでに衝撃的だったのは、なによりもあの震災時に「自分が感じたこと」が、こんなにも的確に「絵描きによって」表現されているということなのだった。震災から約三年ほど経ったこの時点でそれは初めての経験だったし、それ以降もこれに匹敵するものを目にしていない。
作品のなかで表現されていたあの震災時に「自分が感じたこと」とは、簡単に言ってしまえばあの未曾有の大災害がなにか自分のせいで起こったかのようにも感じてしまった「罪の意識」と、それに基づいてその後にこの国で起こった犯人捜し的な糾弾合戦に対する違和感である。そのもやもやとしてうまく言葉にはできない曖昧かつ不可解な感情を、この画家は絵画アニメーションというかたちで的確に表現し、提示していたのだ。
さらに本作において特筆すべきは、そのテーマが単に作品内で描かれるに留まらず、作品自体の有り様もまたそれを体現しているということなのである。この作品のテーマとして背後にあるのは、原発事故(だけではなくおそらく大地震や大津波などの天災も含まれる)という取り返しの付かない事態を引き起こしてしまった人間の、日本人の、そして作者個人の罪への意識と、それに対する贖罪だろう。作者は巨大な災いを引き起こした張本人である「人類」や「日本人」を糾弾するのだが、同時にその一員としてその罪を贖わねばならない立場にも立っている。そのような図式のなかで、この作品を制作すること自体が作者にとっての贖罪行為になっているようにも見えるのだ。つまり過去の自分の作品のイメージをも壊すような新たな手法の採択や、自分自身の内面を曝け出すような危うい内容、そして画家にとっての鬼門である先の震災や原発事故を真正面から描こうとする蛮勇などがそれに当たる。一歩も間違えれば目も当てられないことになりそうなこの作品が孕む「危うさ」こそが、表現者としての作者にとっての「贖罪」をも表し、それがこのテーマを描くことを可能にしてもいるのである。
そしてこの作者の「本来手にしている表現手段」であった描いた絵を水で洗い流すという技法も、罪とその贖いというテーマにまさに適ったものだったと言える。つまりこの作品には過去の表現の否定と継続が無理なく並存しているのだ。本来の自分の作品のイメージをも壊しかねない捨て身の表現をとることでそれまで自身が手にしていた表現手段に対する懐疑と反省を示し、同時にそのことが作品のテーマとも深く関係し、なおかつそれが一人の作家の表現歴において説得力を持つ継続性も有するという離れ業をこの作品は示していたのだった。逆に言えば、そこまで条件が揃わなければ「描けないもの」を、本作は描きえていたのである。


この展示の次に自分が岩熊の作品を見たのは同じ年にgallery αMで開催された個展である。そこで発表されたのは先のコバヤシ画廊の個展でも展示されていた歴史上の人物を描き洗い流した布を服状に仕立てた作品によるインスタレーションだった。《ハヤサスラヒメ》に衝撃を受けた結果かなりの期待を込めて見たこの展示は、しかしながら自分としては期待外れなものだったのだ。どうもこの作家はペダンチックな方向に振れるほど説得力がなくなるというか、集合知的なものに自分の表現の根拠を求めようとすればするほど逆にその説明が「個人的な思い込み」にしか見えなくなるという傾向を持っているように思える。それがプラスの方向に働くこともあるのだろうが、このときの展示においては単に鼻に付くだけであった。
しかしそれ以上になによりも大きかったのは、この展示では《ハヤサスラヒメ》にはあった作者自身の身を抓むような感覚が見られなかったことなのだ。その感覚が消えてしまうと描いた絵柄を水で洗い流す技法も単なるイメージ作成のための一技法の域を出なくなり、それが意味するものも作者の「言葉による説明」同様、机上の空論のように説得力を失ってしまう。自分が失望した原因はなによりもそこにあった。

その後も岩熊は積極的に発表を続けていたようなのだが、残念ながら情弱な自分はすべて見逃している。しかし今年に入ってたまたま銀座に出る予定があって周辺の展示情報を検索していた際に、今回のコバヤシ画廊での最新個展「苦よもぎの泉」の開催情報を見つけたのである。そして画廊のウェブサイトに掲載されていた画像を見た瞬間から、コレはゼッタイ見逃せない内容に違いないという予感があったのだ。
果たしてその予感は的中していた。αMでの展示で自分が感じた失望感を完全に吹き飛ばす、展示全体が《ハヤサスラヒメ》で示されていた方向を追及し、さらに徹底させたような凄まじい内容の展覧会だったのである。

今回の展示でも中核となるのは映像作品である。そこでは《ハヤサスラヒメ》のときとはまったく違う新たな手法によって紙芝居的なアニメーションが試みられている。
今回岩熊が新たに素材として用いているのは「絵皿」である。皿の裏面にストーリーが手書きの文字で絵付けされ、表面にはそれに対応する絵が独特のマンガチックな絵柄で描かれている。映像の中では作者と思しき顔の映らぬ人物が皿を両手に持ってまず裏面の文字によるストーリー部分を画面に映し出す。そのあと皿をひっくり返して表面に描かれた絵を見せ、おもむろに手を放す。皿は二階ほどの高さから下にある石畳へとめがけて落下し、音を立てて割れる。それを見届けたあと画面には次の皿が映し出される。だいたいそれが二十枚くらい繰り返されるだろうか。会場では映像が流されるモニターの近くに、割られた絵皿の実物が小山になって盛られている。
そこで語られるストーリーは、かなり荒唐無稽なものである。舞台は西暦2045年、AIが人類を棄てて宇宙に去ったのちの荒廃した地球だ。登場するのは前世が田中角栄だったり、毛沢東だったり、ヨシフ・スターリンだったり、フランクリン・ルーズベルトだったりする競走馬や、サーベルタイガーや、コンドルや、人間たちである。ここらへんの展開はαMで展示されていた歴史上の人物の肖像を描いたシリーズともリンクする。
荒野となった中国大陸に渡った彼らはそこで謎の五色の泉(その描写はパレット上の絵の具を連想させる)を見付け、その水を飲み、それぞれに前世の咎により自己憎悪と反省を求められる。面白いのはそこで糾弾される前世の罪が「田中角栄」や「毛沢東」、「スターリン」といった歴史的な政治家個人としての罪ではないということなのである。田中角栄の前世を持つ馬は「前世が日本人であったことの罪」を、毛沢東であった馬は「中国人であったことの罪」を、元スターリンは「ソ連人であったことの罪」をそれぞれ問われる。つまり地球が滅亡するに至った罪は特定の誰かではなく、人類全員にあるということなのだろう。そこで求められるのは「人類総懺悔」なのだが、それを贖うのはしかしひとりひとりの個人なのである。「全体の罪」を一人の人間が「個人の罪」として担うという《ハヤサスラヒメ》で見られた構図はここでも採用されている。
そこで行われる自己憎悪と反省のエネルギーは電気となって送電塔に送られるのだが、その展開はいかにも「原発事故のあとちょっとおかしくなってしまった人(イデオロギーの入った差別用語でもあるのであまり使いたくはないのだが、俗に言う”放射脳“なひと)」が考えそうな話で笑える。なんとなく初めに挙げた反原発の主張のために放火に走った四十代男をも連想してしまう。
しかし岩熊が連続放火の容疑者と根本的に異なるのは、その非難の矛先を他者ではなく自分自身にも向けていることなのだ。つまりこの作品のテーマとしてあるのは原発事故などの成れの果てとしての地球の荒廃であり、その罪に対する「人類総懺悔」なのだが、その糾弾の矛先は人類の一員としての作者自身にこそまず向けられるのである。だからこそ絵皿は割られなければならないのだ(それは作者の本来の技法である「描いた絵を水で洗い流す」ともシンクロする)。この自己処罰の構図は《ハヤサスラヒメ》においても重要な要素であったが、本展ではそれがさらに明確なものになっている。
面白かったのは、販売用として何枚か割られていない絵皿が画廊のバックスペースに展示されていたのだが、それらの販売用の作品が映像内で次々に割られる絵皿に比べて、手ごろな値段にも関わらずまったく食指が動かないほど魅力に欠けるものだったのである。つまり出来のよい魅力ある絵皿はすべて割られているということであり、まさに作品のテーマが示す意味において、まったくもってそれは「正しい」のだった。

映像作品以外の展示は黒焦げになったリンゴや、蕎麦殻にうずもれた仏像、曲げられたスプーン、マムシ酒などを使ったインスタレーションで、それぞれが意味するものを記した解説用紙も貰ったが、その説明が「作者の個人的な思い込み」以上のものに見えないことは相変わらずである。インスタレーションを構成する立体作品もそれ自体としてはとくに目を引くところはなく、作者による解説を読んでしまうと図式的な構成が顕わになってさらに凡庸に見えてしまうような出来なのだが、しかしこの展示においてそれはもはや問題にはならないだろう。
注目すべきは、これらの作者本来の手法とはかけ離れたインスタレーション作品に押し出されるようにして、本展において唯一展示されていた作者の本領である絵画作品(先にリンクした画像のもの)が、こともあろうに画廊の外の階段になっている狭い通路に展示されているということなのだ。そこに描かれている過去の作品イメージを破壊するかのような絵柄の強烈に下劣なパワーもさることながら、「絵画作品」の扱いとしてはあまりに苛酷なその展示状態こそが、なによりも作者の「自分の本来の表現手段」に対する懐疑や反省、そしてそれに対する贖罪をも示しているのである。言うまでもなくこの作者が他の何にも増してまずは「画家」であり、「絵画」こそが彼の表現の核心であるからこそのこの措置なのだろう。表面的には作者の本領からは遠い凡庸なインスタレーション作品に絵画が取って代わられているだけのように見えるかもしれないが、この展示全体が「絵画」という表現を突き詰め、「画家」としてこのテーマを描こうとしているからこその結果として成っているのである。つまり描くべきテーマが核心を突くほど、絵皿は割られなければならなくなり、絵画は劣悪な展示環境へと追いやられなければならないのだ。言葉による説明は相変わらずまったく説得力を持たないが、しかし言語外に示された態度はこの画家の一貫した姿勢をすべて論理的に示しているのである。

さて架空の喩え話に戻る。ここにある中年の画家がいるとして、彼が先の震災や原発事故に衝撃を受け、自分の主張を世に訴えるためにテロまがいの犯罪行為にまで及んだとする。その男に向かって「画家だったら絵画で表現して欲しかった」という言葉が投げかけられる。しごく真っ当な言葉だ。
しかし「それ」がどれだけ過酷で困難なことであるかは、この岩熊力也の展示を見ればなによりも明らかなのである。



「岩熊力也 苦よもぎの泉 」
コバヤシ画廊(2016年1月5日〜16日)
posted by 3 at 21:53| 日記